『猫に合鍵』

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「俺、彼女いたじゃん」 「いたよ。でもずっと好きだった。最初っから叶うわけないって分かってたから、想うだけでよかった。だから、彼女がいてもいなくても関係なかったんだ」 「……」 「……伝えれば終わりって分かってた。これでようやく僕も楽になれるかなって」 気持ち悪い思いをさせてごめん。 もちろん、これ以上付きまとったり友達でいられるだなんて思ってないから。 笑顔でそう続けた僕を、宗隆は変わらない表情で見つめていた。 「宗隆が彼女のことまだ好きなの、知ってる。でもさ、もうちょっと自分のことも大事にして。心配だから。もう僕はこれからはこうやって宗隆のこと、連れて帰ったり出来なくなるからさ」 そう言って僕はそっと宗隆の手を振りほどこうとした。でも、宗隆の手はそれを許さなかった。 「……宗隆?」 「……いいよ」 「え?」 何に対しての『いいよ』なのか、一瞬わからなかった。でも、それは直ぐに自分が聞きたい方の『いいよ』なんかじゃないと思い直す。 「……うん、身体、大事にしてね。こんな飲み方ばっかしてちゃダメだよ」 「いや、そうじゃなくて」 酔っ払って体温まで高くなっているのか、宗隆の手がやたら熱い。同じくらい熱い視線に、なぜかくらくらする。 「恋愛とかそういうの」 「……何、言ってんの」 「だから、お前と恋愛するとかそういうこと」 「それって分かってるの? 僕と……男と恋愛するってことだよ?」 「うん」 「出来るの?」 無理でしょ? の意味を含んだ僕の「出来るの?」に宗隆は真っ直ぐに僕を見た。 「まぁ、澪人となら」 「……っ、酔っ払って適当に返事してるでしょ、宗隆」 「もう醒めた」 流石にこんなこと酔ってても適当になんて言わない。宗隆はそう言った。 トイレの中、ぐだぐだの宗隆、床には溢れた水。 想いを伝えるシーンは色々と想像してたけど、ロマンチックとは程遠いこんな場面は想像もしていなかった。 「……明日になったらきっと何のことか忘れてるよ、宗隆」 「じゃあ、明日の朝ちゃんと覚えてることが証明できたら、その時は信じろよ」 宗隆がそうしろと言うから、その日僕はそのまま宗隆の家に泊まった。眠ることなんてもちろん出来なかった。 翌朝、目の前で目覚めた宗隆にそっと頭を撫でられた。 ちゃんと覚えてただろ、の次の言葉は 「頭痛ぇ……」。 やっぱり無理だとか、あんなの酔った勢いだって言われることすら覚悟していた僕は、宗隆らしさに涙が出るくらい笑ってしまった。 今思い出しても、懐かしくて、笑える。 それから、胸が痛くて涙が出る。 そうやって始まった僕達の恋。 甘くて、愛しくて、拙くてあまりに脆い日々の始まり。 それでも僕達は、確かにその中にいた。
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