プロローグ

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   靴を履き替えた隙に逃げられないかと画策する俺を、関谷はきっちりと待ち構えていた。急かされるままについていく形で保健室へ向かい、ドアを開けて躊躇いもなく入っていく関谷のあとに続く。窓には薄いカーテンが閉められ、人の気配もない室内は静かだった。 「先生、まだいないんじゃねーの」 「ですね」 「ですね、じゃなくてさ」 「そこに座ってください」 「……勝手にやっていいのかよ」  小さな黒い丸椅子に座ると、関谷は近くの机上に並んでいる消毒液やら絆創膏やらを弄りながら言った。 「不正な入口を使って登校するくせに、それは気にするんですか」  目が合って、俺のほうから視線を逸らす。 「心配しなくても松永くんの不正行為とはわけが違うので、怒られるようなことはないですよ。それに、僕は時々ここを使うので、手当に関しては多少ですが慣れています。今日ここを借りたことも、保健の先生に僕から話しておいてあげます」 ……こいつ、なんでこんなに偉そうなんだ? そもそも、勢いに引っ張られて着いて来てしまったが、初対面のはず、だよな。クラスだって被ったことない。  お前さ、と口を開こうとするも、関谷に遮られる。 「首、見せてください」  俺は渋々、丸椅子を回転させて右側を向いた。関谷は俺の襟を触る。 「あの」 「なんだよ。やるならさっさとしろって」 「ネックレス」 「は?」 「ネックレス外してください」  その言葉に俺は思わず視線を返した。 「邪魔、です」  なぜか少しどもった口調で関谷は眉を顰める。 「はいはい……これでいいですか」 「いいです」  関谷は手当てを始めても、口を閉じることはなかった。 「制服の着崩しはちょっと気になりますが、正直言うと、ぱっと見た感じでは松永くんは校則違反のチェックに引っかかる程度じゃありません。あんなことまでして風紀委員を避ける必要なんかないように見えますけど」  触れられたくないところを摘ままれた心地に、鼓動が嫌な音を立てる。   「もしかして、見つかりたくなかったのは、そのネックレスですか」 「……」 「風紀委員の僕が言うのもなんですが、相当気をつけてチェックされないと気づかれなかったんじゃないですか? 完全に、用心しすぎたのが裏目に出ましたね」 「……うるっせーな」  消毒液を塗られ、絆創膏を貼られる。言っていた通りに関谷は慣れた手つきだった。 「終わりました」  やっとか、と悪態を吐きながら俺はネックレスを戻そうとする。  それを関谷に奪われたのは一瞬の出来事だった。  俺が関谷のほうを向くのと同時に、「没収です」という声。関谷は得意気な顔をしながら左手で俺のネックレスを持っている。 「は?」 「風紀委員として没収します」 「まじで言ってる?」 「まじです。というか、見つかったらだめなものだって判ってたんですよね。なんで僕がここで見逃すと思ったんですか」  そう言いながら、関谷は時計を見上げる。 「そろそろ教室へ行かないと。朝のホームルームが始まります」 「おい、待て。それ放課後に返してくれるんだよな。どこに取りに行けばいいわけ?」  俺の質問に返ってきた答えは信じられないものだった。 「一週間預かります」 「……は?」 「一週間、松永くんにはペナルティーとして奉仕活動を行ってもらいます。それを真面目にやれば……」 「は、冗談だろ」 「さっきも言いましたが、まじです」  思わず立ち上がって、一歩、関谷に詰め寄る。すると関谷は大袈裟すぎるくらいに驚いて、まるで俺が殴りかかろうとでもしているみたいに右腕で顔を守る素振りを見せた。 「……」  俺は舌打ちして関谷に背を向ける。保健室を出る手前、後ろから「来週の月曜から、一週間ですよ」という声がしたが、それを遮ってドアを閉めた。  
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