プロローグ

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プロローグ

     正門も裏門も通らずに昇降口までたどり着ける抜け穴が出来た、という話を聞いたときは、そんなものを使うタイミングなんかないだろうと思っていた。ましてや、自分が通ることになるなんて。  通学路としてはあまり使われていない裏門へと続く坂道の途中には、何本か横道が伸びていて、その中でも一番細い道に逸れると体育館の裏手側に回り込むことができる。  抜け穴があるのは、学校の敷地を囲んでいるフェンスの角から数歩手前の部分だ。古いフェンスには地面沿いと縦方向に切り込みが入れてあって、手前か奥にしならせれば通り抜けられるようになっている。それを超えてしまえばあとは、焼却炉とゴミ捨て場を通り過ぎて、体育館と校舎を繋ぐ一階の渡り廊下から校舎に入り込めばいいだけ。  ルートは聞いたとおりだった。二週間ほど前に初めて使ってみたが、何の問題もなく、すんなりと昇降口へ行くことができた。  しかし、昨日、やらかした。  慣れ始めたせいで気が抜けていた俺は、フェンスをくぐる瞬間に、切断されたそれの先で首元を少し擦ってしまったのだ。痛みに手をやると微かに血が付いたが、たいした傷ではないこともすぐにわかった。制服のシャツが血液で汚れないように少し襟元を広げる。  でも、問題はそのあとだ。フェンス脇の低い茂みを抜けたとき、焼却炉の隣にあるゴミ捨て場に人影があった。そいつは俺が現れたことに気がつくと、目の前まで真っ直ぐに歩いてきた。 「何をしてるんですか」  言葉遣いとは裏腹に、腕組みをしながら俺を見上げる眼鏡の男はずいぶんと偉そうな態度だった。 「何って……そっちこそ突然、何? ていうか誰」  眉間に皺を寄せ、眼鏡の奥の瞳は不満そうなものになる。 「僕は関谷一澄(せきたにいずみ)です。ちなみに、君と同じ三年です」 「あぁ、そう」  じゃあ、なんで敬語?  そんな疑問が浮かんだが、関谷は話を続ける。 「で、何をしているんですか」 「何をしてるもなにも、学校来ただけなんだけど?」 「そんなところから」 「……だったらなんだよ」  関谷は俺の背後にある茂みに視線をやった。 「良くないですね」 「は?」 「風紀委員として、それは看過できません」  睨むような視線に、思わず「げ」と声に出る。 「お前、風紀委員なのかよ」 「先週から毎朝、風紀委員が校門で校則違反のチェックを始めたからどうにか回避しないと。そんなところですか」  図星を指され、目を逸らしながら無意識に首元を左手で触った。傷を作ったことをすっかり忘れていて、微かな痛みが走る。  散々な朝だ。どうにかこいつを撒いて帰ってしまえないか。フェンスを通ればそれも可能だろうと思う。  しかし関谷に俺を逃がす気は全くなかった。  突然、左手首を掴まれる。 「なんだよ」 「怪我ですか」 「……別にちょっと擦っただけで」 「保健室に行きましょう」 「は?」 「早く」 「おい」  関谷は俺を掴んだまま校舎に向かって歩き始める。見るからに弱そうなその手に大袈裟な抵抗をするのも馬鹿馬鹿しかったが、そのまま昇降口へ入って行こうとする勢いに堪らず手を振りほどいた。  すぐさま振り返った関谷に抗議の目を向けられるので、何かを言われる前にこっちから口を開く。 「掴まれてると、靴、変えられないんですけど」  関谷は何度か頷いたあと、眼鏡を触る。 「……それもそうですね」  
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