聖騎士様の復讐心

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聖騎士様の復讐心

 ―――神よ、見ていますか……?  エリスコアの絹糸で編み上げたベールを上げ、自分を見上げるアンナの美しさに、リュカエルは蕩けるように笑みを浮かべた。眩暈がするような幸福感。そっと落とした誓いの口付けは、柔らかな唇に受け止められる。  迫り上がるように感情が湧き立ち、熱くなる瞼を感じながら唇を離した。嬉しそうに笑みを浮かべたアンナに胸が震えた。  ―――どうです? とてもきれいでしょう……今この瞬間、世界中で誰よりも、何よりも。アンナは笑っています。嬉しそうに楽しそうに。誰よりも幸せそうに。  頬に伸ばした手が震えた。すり寄るように自ら手のひらに擦り寄って、甘えて見せるアンナに堪えられなかった涙が溢れた。  愛している。愛している。何よりも誰よりも。奪われても、引き離されても。彼女の旅の供をしたかった。そんなささやかな夢を見ていた。どうしても欲しくて、どうしても諦められなかった。リュカエルが欲しかった全てを与えてくれた人。生きる意味を与えてくれたアンナの他に、望むものなど一つもなかった。 「愛してるよ、アンナ……」 「愛してるわ、リュカ……」  涙を流すリュカエルの腕を、優しくさすりながらアンナも涙を堪えるように微笑んだ。幸せを噛み締めながら、微笑みを交わして二人がゆっくりと振り返る。わっと上がった大きな歓声が、七色の光を落とす快晴の空に響き渡った。 「アンナ先生ーーーー!! おめでとーーーー!!」 「リュカ兄ちゃんーーーー!! かっこいいーーー!!」 「リュカーーーー!! 初夜を満喫しろよーーーー!!」  大歓声に飛び交う声。招待状を送ってもらえたタルムの住民が詰めかけ、その歓声に各地から集まった愛し子達が笑みを交わし合っている。その瞳は未来への希望に生き生きと輝いていた。 「……ジョージ……」  台無しだ。眉を寄せて呟くリュカエルに、アンナがくすくすと笑みを溢した。 「リュカ、みんな待ってるわ」 「そうだね」  二人は大歓声に背を向ける。アンナの腰に腕を回し、差し出されたブーケを一緒に握った。リュカエルを見上げるアンナに、いたずらっこのような笑みを浮かべる。 「準備はいい?」 「いつでもいいわ」 「いくよ、せーの!!」  ふわりと投げられたブーケに大きな歓声が上がり、世紀の結婚にあやかりたい未婚者達が次々と手を伸ばす。ブーケを受け止めた愛し子が、嬉しそうに笑みを浮かべて抱きしめる。その横で残念そうに顔を肩を落とす、受け取れなかった者達。  愛し子はブーケから花を一本抜き取ると、笑みを浮かべて差し出した。驚きながら受け取る愛し子と、笑みを交わし合いそのまま次々と花を配って回り始める。歓声と笑い声が空間を彩り、そこかしこに幸福が溢れているようだった。  その光景を見つめていたリュカエルに、アンナがそっと身体を預ける。幸福に沸き立つ声と、柔らかに吹き抜ける風、祝福するように降り注ぐ陽光。目を閉じてそっとお腹に手を当てながら、アンナは噛み締めるように呟いた。 「リュカ、私とても幸せだわ……」 「僕もだよ」  額に優しく口付けを落として、リュカエルもアンナの手に手を重ねた。きっと世界で今僕が、誰よりも幸せだ。  ―――神よ、見ていますか? これが僕の復讐です……  平等に降り注ぐ愛に温もりなどない。全ての者を包む大きな愛に、自分のためだけの特別など望むべくもない。アンナは輝くように笑っている。今までのどの瞬間よりも。どの場面よりも。神の寵愛などではなく、リュカエルの愛で。  神からの尊い寵愛を宿していても、愛し子達はここへ来た。ラヴォスから愛し子へ。愛し子から愛し子へ。リュカエルの伝えた言葉は伝播して、奇跡を信じてここへ来た。  求めたのは平等に降り注ぐ愛ではない。手を伸ばせば触れられる温もり。共に歩み寄り添い合える歓び。自分を幸せにしてくれた命と繋がり、生まれた命がいつかまた誰かを幸せにするかもしれない。そんな未来への希望。  ドラゴンの涙。愛し子達はそれを求めてここにいる。希望に輝く笑みを交わし合っている。欲しいのは神の寵愛などではなく、未来を夢見ることができる希望。望みは己で叶え、奇跡は自分で起こす。そのための希望。神が与える寵愛よりも、リュカエルが分け与えるドラゴンの涙が、この幸福な笑みを浮かばせている。  ―――神よ、僕はちょっと根に持つタイプなんです……  『……だいぶ、だろ』   ボソリと呟いたアイギスに、笑みを溢しリュカエルはちょっとしょんぼりしたような、陽光を見上げて目を細めた。今ここに、全ての幸せがある気がした。 ※※※※※  終業の鐘の音と共に、勢いよく飛び出して来た二人に、神父は立ち止まって笑みを浮かべた。 「リュート、エルミーナ。そんなに急いでどうしたのだ?」 「神父様! シュルツとメリーナに会いにいくんです! ギースがもうすぐ生まれるって!」 「ああ、ちょうどいい。これを持っていってあげなさい」  神父が紙袋を差し出し、リュートが顔を輝かせた。 「カリナのお店のスコーンだ!」 「おにいたま、シュルツ、喜ぶね!」 「うん! ミーナおいで。急ごう」 「リュカとアンナによく似ておる」  元気に駆け出していく二人を神父は、二人の両親の幼かった頃の面影を追うように見送った。エリスコアの血筋らしく、美しい銀髪と青が強い紫の瞳。しかしその目元はアンナに似たタレ目で、笑うととても柔らかく愛らしい。 「神父様?」 「おお、スーロか。元気にしておるか?」 「はい。みんな元気です。あの、リュートとエルミーナを見ませんでしたか?」 「ああ、シュルツとメリーナに会いにいくと言っていたぞ。もうすぐ生まれるそうだ」 「えっ! 俺も行かなきゃ!!」 「おお、私ももう行かねば。カリナの店のスコーンを一緒に食べなさい」  いそいそと治療院に向かう神父を見送り、スーロは駆け出した。エリスコア領に来て、もう五年。 (もうタルムに帰らないよね?)  結婚式が終わると、タルムに帰ろうとする神父をリュカエルが引き留めた。スーロも含めて孤児院の子供達は、全力でリュカエルに味方した。  新しく建ててくれたという立派な孤児院は、ベッドもふかふかでご飯も美味しい。患者を放って置けないと頑張る神父に、リュカエルが()()を派遣すると約束した。そしてここにいる間の、治療を神父に頼んでいた。  紙で指を切った人から、ものもらいができた人まで。治療院に長蛇の行例ができ忙しく治療に駆け回っているうちに、神父はすっかりタルムに帰るのを忘れている。 (その方がいいけどね)  学校と病院も併設され、希望する子供は平民も貴族も孤児でも入れる。教師が雇われ授業を受け持ち、内容は難しくなったが友達も増えた。今更タルムに帰りたくはない。  結婚式に招待された人は、エリスコアに移住した。格安の譲られた店舗付きの家に、カリナもとても喜んでいた。いつも意地悪だったテッドからの手紙に、全く愛し子が寄り付かなくなって、タルムでの生活が大変だと書かれていれば尚更だった。リュカエルはテッドがここにくることはないと言ってくれた。  誰もタルムに帰りたがらないので、今では一丸となって神父がタルムを思い出さないように気をつけている。 「リュート、エルミーナ」 「スーロ兄たま!!」 「ミーナ、しーっ!」  小さな両手でパチンと慌てて口を塞いだエルミーナが、お腹の大きなメリーナを心配そうに振り返った。メリーナはまるで大丈夫だというように、優しくエルミーナに擦り寄る。その横でメリーナにピッタリとくっついたシュルツが、スンスンと匂いを嗅ぎながら、もりもりとスコーンを食べている。スーロは呆れたように、シュルツを見下ろした。 「シュルツ……食べるか嗅ぐのかどっちかにしなよ……」  神獣は主人に似るって本当なんだな。メリーナはアンナのように優しい。シュルツはリュカ兄ちゃんに似てかっこいいけど、大体いつもメリーナの匂いを嗅いでる。なんで嗅ぐんだろう? 「ねえ、スーロ兄ちゃん」 「ん?」    なぜリュカエルはアンナの匂いを嗅ぐのか、を考えていたスーロがリュートに振り返った。 「フリエンダールの犬って知ってる?」 「……え! ……うん」  スーロは忘れもしない、そのタイトルに悲しげに頷いた。リュートはその様子にきょとんと首を傾げた。 「じゃあ、みいちゃんの影戻しとごんたぬきは?」 「……知ってるよ……」  立て続けにトラウマを出され、スーロはしょんぼりと項垂れた。リュートはスーロが落ち込んだことに気づかず、口を尖らせた。 「……パパに僕も禁足地に連れていってってお願いしたら、その三つをちゃんと覚えるまでダメだって……」 「そう、なんだ……なんでなのかは分からないけど、確かにリュートにはまだ無理だと思う」 「ドラゴンに会いたいのに……」  口を尖らせるリュートを慰める横で、エルミーナがすっくと立ち上がり嬉しそうに手を上げた。 「パパ! ママ!」  お腹の大きなアンナを守るように腕を回して、ゆっくり歩いていたリュカエルが娘の声に顔を上げた。 「みんな来てたんだね」  娘に笑み崩れるように笑いかけ、リュートとスーロの頭を大きな手で撫でる。リュカエルを見上げようとして、陽光に輝く銀髪の眩しさにスーロは目を細めた。 「スーロ、みんなにも教えてあげてね。もうすぐメリーナがママになるよって」 「うん……」  スーロはエリスコア一家を眺めながらぼんやりと頷いた。陽光が降り注ぐ木陰で微笑み合う家族は、とても幸せそうでどこか神聖ささえ感じた。見ているスーロも一緒に、幸せになるような光景。リュカエルがアンナの首筋に擦り寄るように頬を寄せた。  寄り添い合う二頭の神獣のように、リュカエルとアンナも連理の枝のように微笑みあっている。いつか自分もこんな家族ができたらいいな。まるで絵画を夢の中で見ている気持ちで、スーロは大好きな二人を見つめた。 (でもなんでリュカ兄ちゃんはアンナ先生の匂いを嗅ぐのかな……?)  スンスンと匂いを嗅いでいる、リュカエルを眺めてスーロは首を傾げた。 『……子供の教育によくないな』  アイギスがスーロの不思議そうな表情に、キーンと小さく刀身を鳴らした。  今も変わらず聖ガイムス王国には神の寵愛が降り注ぐ。男は顔じゃないと公言して憚らない王女の婚姻で、聖ガイムス王国はもうすぐ新しい治世を迎えようとしている。賢君と名高い隣国の王の第二子が婿入りを、国民は歓迎しているようだ。  最上位婚姻申請書は、以前より多く用意され生まれた子供を連れて愛し子達が、エリスコア領に報告に訪れる。そのたびにニヤリと笑うリュカエルは、どうやらまだ根に持っているようだ。  人が求める幸せに果てはない。そう嘯いた言葉通り、リュカエルは貪欲に幸せに手を伸ばす。アンナをもっと幸せに、どうかもっと愛してほしい。そのためにはどんなことも惜しまない。  神剣アイギスの主。神の地上における力の代行者リュカエル・エリスコア。聖騎士と思えぬほどに欲深い男は、自分だけの神のためいついかなる時も、その全てを賭ける覚悟がある。 ※※※※※  ★や応援ありがとうございました。  書籍化作業が始まりました。女性向けTL作品は全体の8割をヒロイン目線で書くのがセオリー。  何を当たり前なと思う方が多そうですが、この作品を含め自作の9割がヒーロー視点なTL書きがここに……。  受賞作も大幅改稿となりそうです……。今後はせめて半々視点で書ければなと。  そんな未熟者ですが、あたたかく見守って頂けたら幸いです。  また別作でお会いできたら嬉しいです。ここまでお付き合い、ありがとうございました!      
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