第一章 聖騎士様の信仰心 聖ガイムス王国

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第一章 聖騎士様の信仰心 聖ガイムス王国

※2022/12/19 大幅改稿いたしました。  ――――神よ、あなたは知っていたはずです。人がどれほど脆く弱いかを。  リュカエル・エリスコアはペリースを翻し、神殿の回廊を足早に歩いていた。手には一通の書類。今月も医務官を脅して書かせた診断書だ。どこもかしこも整然と整えられ、清浄な空気に満たされた神の守護する聖ガイムス王国。  地上を人をこよなく愛する神が、最初に降り立った地と言われるこの国は特に神の恩恵が深い。厄災が迫ればせっせと神託を下ろしては危険を知らせ、被害を最小限に食い止める手立てを授ける。  神の力を分け与えた神獣を遣わしては、人を主人として仕えさせ安寧を守らせる。神への感謝の祈りに舞い上がっては、絶え間なく恩寵を振り撒き飢えることない豊穣を約束する。とりわけ美しい魂を愛しては聖痕を刻み、幸せであるようにと人の身には重すぎる多大な加護を宿らせる。  他国に比べ完全に依怙贔屓されながら、聖ガイムス王国は平和と豊かさを享受している。祈りを捧げれば惜しみない神の恩寵を与え、わかりやすく存在する神に対し国民は例外なく信心深いのは当然だった。リュカエル・エリスコアを除いて。 (僕には何の奇跡も起きていないんですがね……)  輝くように美しいと他国が羨ましがる王都の眺めを嫌悪するように、リュカエルは鼻白んだように美しい瞳を眇めた。回廊を抜けた先の、神言の間の扉の前に来ると足を止める。 「なぜ、誰もいない?」  扉を守る聖騎士を探して辺りを見回す。神からの神託が下される神聖な神殿の無防備さに、首を傾げたがどうでもよかった。 「どうせなら誰か忍び込んで、神に嫌がらせでもすればいいのに」  全面的に協力する。中に踏み込みながら、リュカエルは神のちょっとした不幸を願った。もし守衛がいてもリュカエルを止める者はいないだろう。神の祝福を血に宿した三大公爵家の一門、「力の権能」のエリスコアのリュカエルこそが、聖騎士団の団長なのだから。   祝福を受けた三家門の血筋だけが権能を引き出せる、強制的に引き継がされた神器「神剣アイギス」が、神への不敬に憤慨したようにガチャガチャとやかましく柄を鳴らした。 「うるさいですよ、アイギス」  うんざりしたように吐き出して、ビンビン刀身まで鳴らして騒ぎ出したアイギスをぶん殴った。余計うるさくなったアイギスを無視して、リュカエルは辺りを見回した。 「……大神官もいないのか?」  あとは大神官の押印だけが必要な診断書を握り締め、リュカエルが徒労感にため息を吐き出した。その背後の祭壇にポッと灯るように光が降り注ぎ始め、リュカエルが振り返った。目の前で祝福の金色に輝き出した、祭壇の神器にため息を吐き出す。 「今ですか? 面倒な……」  誰もいない神殿に、リュカエルの心底嫌そうな声が響く。抗議にブンブンと鳴り出したアイギスを黙らせると、リュカエルは渋々と祭壇に近づいた。神の祝福を血に宿した特別な三大家門の領地から提供された材料で、最高にめんどくさい手順を踏んで作られたそうな特別な紙に、金色に輝く光に反応して神器が神託を綴っている。その内容を冷めた顔で見つめていたリュカエルが、ゆっくりと瞳を見開いた。  ――――ああ、神よ……。  ふわりと最後の一文字を綴り、神の光がスッと収束して消える。残された神託を震える手で掴み上げ、リュカエルは顔を輝かせた。 「……リュカエル卿……?」  不意にかけられた声に、リュカエルは即座に神託を上着に押し込み振り返った。 「なぜ神官はおろか、扉を守護する聖騎士すらいないのです?」  機先を制して冷たい無表情で問うリュカエルに、声をかけた中位神官がびくりと肩を震わせた。 「も、申し訳ありません……大神官様がおやつを喉に詰まらせてしまい……」 「……おやつ」 「聖騎士様お二人で神殿の医務室にお連れくださっています……」 「わかりました……」  そのまま無言で歩き出したリュカエルに、神官は必死に声を縋らせた。 「神殿を空けてしまい申し訳ございません。重ねて聖騎士の方々にご面倒をおかけしたことをお詫びします。……あ、あの、何もございませんでしたでしょうか?」  いつ降りるか分からない神託。国の存亡に関わる重大な神の忠告を管理する神言の間は、本来一時たりとも無人にすることは許されない。機嫌を伺うような神官の声に、リュカエルは立ち止まって振り返った。アイギスを強く押さえつけたまま、微かに口角を上げて口を開いた。 「()()()()()()()()()()()」  超珍しく微かな笑みを浮かべるリュカエルの美貌に、衝撃を受けて絶句した神官がその場で固まる。そのまま踵を返してリュカエルは歩き出した。  ――――神よ、あなたは知っていたはずです。僕がどれほど願い、祈っていたかを。 「……つまり当然こうなるとわかっていましたよね?」  ニヤリと笑みを刻んだリュカエルに、絶句したように固まったアイギスが焦ったようにビインビインと騒ぎ出した。 「アイギス、どれほど騒ごうが僕にはあなたの言葉は伝わりません。黙りなさい」  唯一神器と意思疎通ができるはずの代行者なのに、喜怒哀楽だけしか汲み取れないこの国唯一の不信心者のリュカエルが鼻を鳴らす。絶望感を漂わせるアイギスに、とっくに信仰心をぶん投げているリュカエルが勝ち誇ったように神剣を見下ろした。 「他の二家門の代行者とは違うのですよ」  神の力を内包した三つの神器。それぞれの権能を現すことのできる、血に神の祝福を受けた三大公爵家。命より大切な宝のように神器を扱う代行者達。代行者だからといって当然のように信仰心があると思ったら大間違いだ。  ――――神よ、先にあなたが僕を裏切った。  隠し持った神託を握り締めながら、リュカエルは医務室に向け回廊を長い足で歩き去っていった。      
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