聖騎士様の置き土産

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聖騎士様の置き土産

 聖ガイムス王国国王は根源と生命の代行者に、手渡された書信を読み無言で俯いた。その顔は心労でげっそりしていた。  結婚式を自領で行うとエリスコア家当主は、とっくに王都を発っていた。カーニバルかと勘違いするほど大仰に盛大に、妻を見せびらかしながら。相当ご機嫌だったらしい。そして王都へは戻らないという。書信にそうはっきり書かれている。その理由とともに。 「……何やら王宮が騒がしいですな」 「ああ、ヴァレンシア侯爵家がキレた」 「……キレた?」 「ヴァレンシア家がですか?」 「そうだ」  ははっと乾いた笑いを落とし、すっかり老け込んだかのような王は頷いた。代行者達は首を傾げて顔を見合わせた。  ヴァレンシア侯爵家を筆頭に、派閥家門が一斉にブチ切れた。リュカエルの王都出立を合図にしたかのように。普段は領地に引きこもり、国政参画に全く興味がないと思っていた家門達。その各領地は王国内でも非常に豊かで、高額納税を粛々と続けていた。そんな派閥が突如ブチ切れ、王都に入り浸り権力争い頑張る派閥に宣戦布告したのだ。一年間の物流停止という強行手段で。 「……だよね……血族に愛し子いるもんね……」  王の呟きに代行者達は、「ああ、エリスコアか……」と深く納得した。引きこもり派閥が高額納税者なのも、領地が豊かだから。領地が豊かなのは血族に愛し子がいるからだ。  貴族出身の愛し子は神殿教育を受けた後、自領にほとんどが戻る。そこに各地を巡る道を選ぶものが多い、平民の愛し子が遊びに来たりと神の寵愛を受けた家門は、聖痕を授かった時点で豊かさが約束されていた。血族の婚姻を諦めことと引き換えに。その王国全体の生産に関わる家門達が物流を止めるという決断を下した。 「それは……大丈夫なのですか……?」 「うむ……家門同士の取引だけを停止するそうだ……停止した分は価格を下げて一般市場に流通させると約束を取り付けた」  つまりは必要なら取引価格ではなく、一般市場価格で買えということだ。それなら国民がとばっちりを受けることはない。むしろ経済は活性化するだろう。当然大打撃を受ける家門達が黙ってはいない。大騒ぎする権力大好き派閥の相手をするのは王の仕事だ。禿げそう。 「……さすがエリスコア……根に持つタイプだな……」 「デリフォン……」  やめたれよ。フォントンは悪気なく追い討ちをかけるデリフォンの肩を掴んだ。豊かさに甘え、傲慢だったと反省した王は、エリスコアの置き土産を粛々と受け止めている。  もう二度とエリスコアに、ちょっかいはかけないだろうな。そうした方がいい。そっと王に同情の治癒を授けながら、フォントンはふと辺りを見回した。 「大神官殿は神殿建築配備で忙しいのですか……?」  この騒ぎに姿の見えない大神官。不思議そうに首を傾げるフォントンに王は顔を上げた。 「それがな、何やら神殿が大騒ぎになっているらしい」  治癒でちょっと元気になった王が、陳述書を引き寄せながら答えた。嫌な予感に眉根を寄る。知りたくないけどどうなっているのか確認したほうがいい。どうせエリスコアだろうと、デリフォンとフォントンは渋々大神殿に向かった。 ※※※※※    大神殿は酷いことになっていた。やたらと混雑している。神官達が神殿建設計画に走り回り、その神官を捕まえて順番はまだかと詰め寄る集団。噂のヴァレンシア侯爵も、日頃の貴族然とした態度を脱ぎ捨ててなんなら一番大暴れしている。 「何が……」  呆然とするフォルトンを連れ、無言で騒ぐラヴォスにデリフォンが近づいた。 「何事ですか?」 「ああ、デリフォン卿……申し訳ありませんが取り込み中ですので! 君! 婚姻許可申請書にどれほど時間をかけるつもりだ!!」 「ですからもう在庫がないのです!! 最上位申請書は数に限りがあるんです! 神託への補充が最優先ですからしばらくは無理です!! 何度申しげたらわかってくださるのですか!!」 「嘘だ!! 予備があるのを知ってるぞ!! さっさと出せ!!」 「その予備ももうお出ししたんです!」 「それなら渡した家門を教えなさい!!」  顔を真っ赤にして怒鳴り合う二人を、代行者二人が慌てて引き剥がす。それでも鼻息も荒く、神官を睨みつけるラヴォス。デリフォンはキョロキョロと辺りを見回し、ラヴォスにそっと耳打ちした。 「婚姻申請書なら我がルベルコア家で、予備として保管していた分を融通しますが?」 「……何っ!? 本当ですか!?」 「ええ、その代わりこの騒ぎが何ごとか説明いただきたい」 「もちろんです!!」  手を握らんばかりにキラキラとした瞳で詰め寄るラヴォスに、デリフォンは引き攣りながらとりあえず大神官の執務室を目指した。大神官は書類に埋もれながら、ちょっと見ないうちにえらいことになっていた。 「大神官殿……!」  慌てて駆け寄ったフォントンが、死ぬ一歩手前みたいな大神官に治癒を授ける。感謝に瞳を潤ませてちょっと回復したらしい大神官と向かい合った。 「大神殿のこの騒ぎは一体どうしたことですか? 祈りを捧げにきたわけではないでしょう?」  むしろ強奪だ。あちこちで哀れな神官達が胸ぐらを掴まれて揺すられていた。 「それがですね……」  大神官は哀れみを誘う悲しげな瞳で語り出した。  大神殿はアンナへの態度に怒り狂っていたため、リュカエルの王都離脱に一致団結して、早速取り掛かっていたらしい。議論を交わしあれやこれやと必要なことを取りまとめ、さあ本格的に動き出すぞとなった。ところがそんな大神殿に突如、強奪者達の襲撃が起きたらしい。誰も彼もが婚姻申請書を求め、もうないとわかるや否やすぐに用意しろと大騒ぎを始めたという。 「要求されるのは最上位申請書なのですよ。神託と同じ聖紙が必要で、元々の数も多くありません。神託のための用意が最優先ですし。渡せば渡したで、審判を今すぐにと暴れるのです……もう何が何やら……」  直接神に取り結ぶ婚姻に対する、審判を得るための最上位申請書。王族、公爵家、神官、愛し子の婚姻には必須だが、一般的には必要ない。ある程度裕福な者達が、記念的に執り行うくらいだった。たまに祝福の金色にならず、微妙な空気になることがある。  その申請書を求めて、引きこもり派閥とその傘下家門が、人海戦術とばかりいきなり押し寄せてきたのだ。普段は神殿に敬意を払う家門が、我先にと申請書を求めて神官に詰め寄り、何人かの神官は泣いちゃったりした。多分トラウマになった神官もいる。 「なぜそんなことに……」  申請書の入手が確定し強盗から貴族に戻ったラヴォスが、穏やかに頷いて口を開いた。 「ドラゴンの涙です」 「ドラゴンの涙?」 「希少な材料を必要とする申請書が、そもそも多く必要ないのは申請自体が多くはないからです。ほとんどが王族と三大公爵家、神官の婚姻。愛し子の申請はほとんどない。聖痕を濁らせる可能性がある婚姻を、愛し子は避ける。ですが最大の理由は子を持てないことにあるんです。愛が深いほど子を望む者は多い。子を持てないのなら婚姻ではなく、ただ共に生きるという選択をしている。望んでそうしてるわけではない。ですがドラゴンの涙があれば、愛し子であっても子を持てる。だからこそ申請書をみな求めているのですよ」  眉根を寄せた代行者と大神官に、ラヴォスはグッと拳を握り瞳を強めた。 「リュカエル卿の奥方はドラゴンの涙の恩恵で懐妊を果たされた」 「まさか……」  フォントンがゆっくりと目を見開いた。禁足地の最終結界権限を、褒賞として得たと言っていたリュカエル。なんのために権限を欲しがるのか疑問だった。 「ドラゴンの涙をお譲りいただくには、婚姻が認められていることが条件です。血筋のための子は許さないと……複雑な幼少期を過ごされたからでしょう……お二人の苦労が偲ばれます……」 「お二人……?」 「ええ! お二人です!! 絶対に許しません!!」  ギラリと怒りに瞳を燃やすラヴォスを、呆気に取られて三人は見つめながらこの事態を理解した。やっぱり原因はエリスコアだった。何やら怒り狂っているラヴォスに、大神官はため息をついた。見事に全部人任せだ。リュカエルが直接手を下すことなく。嫌がらせしまくって王都を去る。超迷惑。  王都にいたらいたで診断書を書けと脅され、全面的に協力しようとやる気を出せば出したで、なんか陰で企んでは間接的に大騒ぎに巻き込まれる。一体どうやってドラゴンから涙を巻き上げたのか。  きっとエリスコアから一方的に、甚大な被害を被っているだろう神の寵児。尊い存在だと畏ればかり抱いていたが、大神官は妙な親近感を感じ始めていた。 (神の寵児(ドラゴン)がご無事でありますように……)  大神官は仲間の被害者の会のために心から祈りを捧げた。
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