あの日の誓い

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***  そこから一気に、斎藤華代と仲良くなった。  Jアイドルの話をこれまで誰ともかわさなかったこともあり、お互い爆弾トークがとまらなかった。推しは被らなかったものの、ハナの推しと私の推しがプライベートでも仲が良かったおかげで、私たちも同じだねって、すごく仲良くなってしまった。  高校受験を控えた3年生のときは、二日間あるコンサートに行くために、夜行バスを使って東京に遠征した。受験勉強をそこそこに、コンサートに行くためのグッズを作ったのは楽しかったし、コンサート自体もものすごくいい思い出になった。  大学生の頃にJアイドルが突然解散してしまったときは、ハナと毎日泣き合った。Jアイドルがいなくなっても、心の中で輝き続ける。そして私たちの友情は永遠だよって、泣き笑いしながら指切りげんまんしたのは、今となっても私の胸の奥底でセピア色の映像としてずっと残った。 「今夜は華代さんが遅れているんですね」  シェイカーを振り終えたマスターが、不意に私に話しかける。 「前回、私が待たせたせいかな。急患が入って、どうしても抜けられなくなったから」  カウンターに頬杖をつきながら答える。  市内の総合病院で看護師として勤めている関係で、急患が入ってしまうと連絡はつけられないし、ハナをいつも待たせてしまった。 「話は変わりますが、聖哉がおふたりにいつもお世話になっているからと、地方コンサートに行った名古屋のお土産を預かっていまして、華代さんが男性と先週ここにいらっしゃったときにお渡ししているんです。絵里さんの分を今、お渡ししてもいいですか?」  聖哉くんはこのお店でピアノを弾いている青年で、彼の休憩時間に声をかけたのがキッカケで仲良くなった。年齢が近いこともあり、三人でよく盛り上がった。客によるトラブルで、お店の危機を嗅ぎつけたときは、三人でタッグを組み、平穏を取り戻す芝居を打ったこともある。 「あとで聖哉くんにお礼言わなきゃ。ちなみにマスターが見たハナの今回の彼氏、いい感じだった?」  Jアイドル解散後、癒しを求めて年下の彼氏を作り、推しのように愛でるハナ。それは社会人になってからも相変わらずで、彼女の生活のハリになっている以上、私からはやめろなんて言えなかった。 「あー、今回の男性は、いつもと違う感じでした。華代さんよりも年上でしたし」 「年上!? 珍しい、なんか愛でる要素でもあったとか?」 「いいえ、そんな感じはまったくないですね。多分、一回りくらい離れているんじゃないかと」  ハナが年上の彼氏を作ったのは、社会人一年目のときだけ。頼りがいのある会社の教育係だった先輩とくっついたものの、彼がマザコンだったことが発覚し、半年も経たずに別れてしまった。  このことがトラウマになってはいないものの、もう年上なんかと付き合わないと豪語していただけに、今回の彼氏が年上な件は、驚きもひとしおだった。 「ハナがマッチングアプリで登録しているのは、年下ばかり選べるようにしているのを知ってるし、一回りくらい離れてる男性との出逢いはやっぱり、会社関連だろうなぁ」 「…………」 「マスター?」  いつもお喋りなマスターが話題に食いついてこないことを不思議に思い、首を捻った。 「マスターなにかあったの? 急に元気がなくなったみたい」 「いやはや、年かもしれません。絵里さんや聖哉を見てると、老けてしまったなと思うことが多々あります」  そう言ってカウンターから出て、ボックス席のお客様のところに作りたてのカクテルを届けに行く。  ハナの彼氏の話題を避けて、自分の年齢の話に変えたマスターの不自然さを訝しく思っていたら、ドアベルが鳴って来客を知らせた。振り向くとそこにいたのはハナで、息を切らしながら隣に座り込む。 「絵里ごめん。帰る間際にトラブル発生しちゃって、上司とお客さんのところに頭を下げに行ってた」 「お疲れ。部下の尻拭いをしに行ったということか。ハナも偉くなったなぁ」 「茶化さないで。マスター、いつものお願い。絵里の分もね!」  お冷以外なにも置かれていないカウンターを素早く見たハナが、こちらに戻りかけたマスターに手際よくオーダーしてくれた。
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