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夢うつつを行ったり来たり。
絵画と音楽、似ているようで全く違う世界で、彼女と僕、そのものだ。
いつまでも理想を追い求める彼女と、どこまでも現実を生きようとする僕とでは、ずっと望んでいた幸せな時間なはずなのに、どんなに隙間を埋めても、何一つ満たされる事は無くて、確かにそこにあったはずの温もりも香りも感触も、気が付くともう何も残ってはいなかった。
はじめから何も無かったかのように。
ただ、白いライターだけが、そこにはあった……。
◇
いつ頃まで使っていたのかも、もう思い出せない。
タバコは、一年前やめた。
タバコをやめて、代わりと言ってはなんだが、この数年ケースに入れっぱなしだった白のストラトをまた弾くようになった。
はじめはまったく指が動かなくて、痛くて、自分のせいだが愕然とした。
悔しくてその日から弾きまくって、今ならいつ人前で弾いても恥ずかしくないレベルだ。
僕はもうすぐあの街に戻る。
自分を騙して誰よりも大人のフリをして全て納得したつもりでいて、本当は何一つ諦められなかったのに。
思い出すのも情けなくてずっと避けていたあの街に、それでも戻る理由が、今の僕にはある。
痛みを感じるのは僕が生きているからだ。
理想と現実の間を生きる事にした今の僕を知らないあなたは、いつかまた「ずるいな」と笑ってくれるかな。
手に握ったままだった白いライターに指を滑らせる。
火はまだ微かについた。
そういえば、どうして彼女は白いライターを僕に選んでくれたんだろう、あまり深く考えた事は無かった。
白と言えば、ふとそばに立て掛けてある白のストラトを見る。
―梶原くんのあの白いギター、良いよね―
あぁ、そういう事か……。
確かにそこにいてくれた、あの日のあなたの姿が白いライターの火の中で小さく揺れていた……。
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