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#1
「あぁ、まだ、あったんだ……」
新卒で今の会社に入社して六年、つい先日辞令が下り転勤を言い渡された。
少し前から自ら希望していた異動なので意気揚々と引っ越しの準備を始める。
ワンルームの一人暮らしだからたいした荷物量では無いが、それでも大学卒業後からずっと住んでいるのでそれなりに物は増えていた。
造り付けのクローゼットの奥からは懐かしい物がどんどん出て来てその度に思わず独り言が漏れる。
その中に大学生の頃に買って社会人になってからもしばらくはよく使っていた鞄があった。
埃を被ってくたくたによれてしまっている。
さすがにもう使わないかな、捨てる前に念の為何も入っていないか鞄に手を入れ中を確認すると、ポケットに硬い感触があった。
確認して良かった、何だろう、取り出してみるとそれは、白いライターだった……。
◇
大学近くにある昔ながらの喫茶店『ガンボ』はこの辺りでは唯一タバコが吸えるので仲間内の溜まり場になっていた。
だけど今日は珍しく知っている奴はいない。
僕は迷わずカウンター席に座った。
「こんにちは、梶原くん今日は一人?」
「はい、こんにちは麻子さん」
店内にはテーブル席に数人、カウンター席に一人の年配の常連客が座っていてこの店のマスターと話し込んでいる。
僕に声を掛けてくれた麻子さんはマスターのお孫さんだそうで、数年前からここでアルバイトをしているそうだ。
麻子さんは僕に注文を聞く事もなくいつも頼むブレンドコーヒーを手際良く淹れてくれていた。
「ありがとうございます、あの……」
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