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「何?あ、いらっしゃいませ、ごめんね、また後で」  僕の呼びかけに彼女が応えてくれようとしたちょうどのタイミングで新たなお客さんが来てしまい、せっかくの会話が続けられなかった。   スーツ姿の30〜50代位の男性三人に麻子さんが対応している姿を横目に、僕はこの一年程好んで吸っているハイライトをパッケージから一本抜き取りマッチで火を付ける。  店の奥の壁、僕が座っているカウンター席から見るとすぐ横の壁には、一枚の絵がシンプルな額に入れて飾られている。  水色や黄色やオレンジなど、淡い色合いで無数の動物や植物が細かく描かれてあるが、僕はアートには疎いのでこれが何を使って描かれているのかも、絵画としてどう評価されるレベルの物なのかも解らない。  だけど、この色使いが僕はとても好きだった。  この喫茶店には同じ様な色使いで描かれた絵が他にあと三点飾られている。 「ごめんね話の途中で、何?」  一本目のタバコが灰になり、二本目に火をつけたところで一仕事終えた麻子さんが律儀に僕の正面に来てくれた。 「あぁ、えっと、……何だっけ」 「何それ」    僕の目の前で麻子さんが笑っている。  実のところ彼女の気を引きたくて咄嗟に声を掛けただけだったから何か話したい事があったわけでは無かった。  オーダーをこなしている間も僕の話を遮った事を気に掛けてくれていたのかと思うと申し訳ない気持ちと同時にどうしようもなく嬉しい気持ちが込み上げて来る。   「……これ、新作ですか?」 「うん」  店に飾られている絵はすべて彼女が描いた物だった。 「いつもながら良い色使いですね」 「ありがとう。梶原くんは?今もライブとか、してるの?」
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