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数日後、春を通り越して初夏の様な陽気の中、卒業式も無事に終わった。
その間、大学に行く用事も特に無かったので、『ガンボ』に行く事も無く、気付けば三月ももう下旬だった。
不要になった服やらCDやら本やらを後輩達に無理矢理押し付けるため久しぶりにサークルの部室を訪れたその日は、つい先日の卒業式の日の陽気が嘘の様な寒の戻りで、帰りに見上げた花が綻び始めた桜の木もかわいそうに震えている様だった。
少し迷った後、僕は喫茶『ガンボ』の扉を遠慮がちに開く。
「いらっしゃいませ、……あ、」
久しぶりに見る、変わらない麻子さんの姿がそこにはあった。
「……こんにちは」
僕は今日もちょうど空いていた奥のカウンター席に座りハイライトにマッチで火をつけ、麻子さんは何も聞かずにいつものブレンドを淹れてくれる。
「……梶原くん、この前ごめんね」
「え?何がですか?」
謝られるような事、何かあったっけ?、身に覚えが無かった。
「ライブ、行けなくて……」
「……あぁ」
その事か。
「あの日、行くつもりだったの、遅れないように休みも取ってて。けど、時間あったから次に描く絵の事考えてたら良いアイデア浮かんできて、少しだけって思って描き始めて、気付いたら、夜の九時、過ぎちゃってて……」
そういう事だったんだ。何か、麻子さんらしいな……。
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