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「ごめん……いきなりキスして」
「い、嫌じゃなかったですから」
「え?」
「嫌じゃなかったので殿下はお気になされないでください!」
顔から火を吹きそうだ。キスをしてしまったのか。どうしよう。いや、どうもしないのだがどうしよう。
彼は私が何を言いたいかわかったらしい。笑みを深めると、テーブルの上に執務机から持ってきた地図を広げた。
「いきなり南部領土全部ってのは荷が重いと思う。だから君は西側を頼む。屋敷はこっち側にあったんだろう? 僕が東側をなんとか立て直して見せよう。君が領主なら、元住民の反発も起きずに治められるだろう」
「それを狙って私に声をかけたんですか?」
だとしたら相当の策士だ。そうでないことを祈りたい。
彼は目を見開いて、声を出して笑い始めた。私は呆気に取られた。
「そのつもりなら、元からこの部屋に呼んで全力でたらし込んでるよ。偶然だ。気になった子が偶然元領主の娘だった。それだけさ。じゃなきゃこそこそ兵士のふりなんてして会いにいったりしない。そうだろ?」
私は声も出せないまま人形のように頷くほかなかった。
「西と東でどちらが発展するか勝負だな」
「東側は海辺であまり作物は取れませんよ?」
「まあ、色々やりようはあるだろう。とりあえず、これからは領地経営の勉強をしてもらう。教師は僕だ。それとは別に、一緒に天文学の勉強をしようか。君は後、魔法の使い方も勉強しないとだな。忙しくなるぞ」
私はもう一度鏡を見た。赤色だった目は、目の前の男と同じ色に染まっている。
「君にはなんとか領地経営に成功してもらいたい。そうしたら……僕の妃になってほしい」
私は覚悟を決めた。
「はい。ずっと私と一緒に夏も冬も星を見てくださいませ」
「もちろん」
五年ののち、東側の土地は殿下の手腕で港を中心とする観光地として栄え、西側は食糧庫と言われるほどの穀倉地帯に生まれ変わった。
勝負は惜しくも私の負けだった。
ウルリッヒ殿下は立太子され、私は彼の隣で王太子妃となった。
厩舎の前の粗末な長椅子で東の空の夏の大三角を眺めていた私たちは、今は暖かな暖炉の部屋の南向きの窓から冬の大三角を眺めている。
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