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殿下は私の掌に手をかざすと、自ら洗浄と止血の治癒術を唱え始める。それから私は抱き抱えられ、彼の私室に逆戻りである。
今、私はふかふかの長椅子の上で、頬に治癒術をかけられている。
「殿下、もう痛みは引きましたので……」
隣に座るなんて恐れ多いと立ち上がろうとするが、手を掴まれて引き止められる。
「逃げないでくれ。もっと段階を追って話そうと思ったが、さっき言った通り、君に南部領を返そうと思う」
「返すなどとおっしゃいますな」
「もともと君の一族のものだ。陛下は僕に元アレクシアの南部領を下さった。処遇は任せるとおっしゃっておいでだった。ひどいよな。弟や妹には元からソレイアの領地だった土地を与えて運営しろって言って僕には……ねぇ?」
酷いなんて思ってもいないのだろう、彼は実に面白そうだ。
「期待しておいでなのでしょう。ですが、父は元々私に継がせる気はありませんでした。魔力もなく、不吉な目をしている私に」
「君の目の色は不吉でも呪われているわけでもない。何にも染まっていない無属性なんだ。地水火風光、その全要素が同じ強さだと互いに打ち消し合ってしまう。君の目は赤い色なのではない。透明なんだ。だから血が透けて赤い色をしているんだよ」
そんなこと、聞いたこともない。でも自分に魔力がないことは確かだ。
「信じていないね? あちこち走り回って調べたよ。僕達王族は人の魔力を奪うことも与えることもできる。少し僕の力を分け与えて均衡を崩せば君も魔法を使えるようになる。いいかい?」
そう言うと、彼はぐいと近づいてきた。
首の後ろと背に手が回る。気づいた時、私の唇は彼に塞がれていた。
私はびっくりしたあまり目を開けたままだった。触れた唇の柔らかさに身体をがちがちに硬直させたままでいると、彼の唇がこちらの下唇を食んで、舌を這わせてくる。
彼に促されるまま力を抜くと、口腔を思う存分貪られることになった。
「アンネ、大丈夫?」
解放されたのち、息を切らした私を楽しそうに見下ろす殿下がそこにいた。
「成功だ。僕と同じになったね。夜空みたいな色だ」
満足そうに言った男は、立ち上がって執務机の引き出しから手鏡をこちらに渡してきた。
美しい彫刻に目を奪われる。
「母の肩身だ。彫り物もいいけど、鏡を覗いてごらん」
私は言葉を失った。赤い瞳が、殿下と同じ濃紺色になっていたからだ。
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