彼女の解禁方法

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――改めて、本日はよろしくお願いします。 以前お話しした通り私、『ユータ』は大学生活の傍ら、マルチクリエイターとして活動をしています。活動期間は高校に入ってからで、もう三、四年にはなるでしょうか。創作スタイルはPC上でランダムに生成した文章、メロディ、イラストを繋ぎ合わせるというもので。だから、人の真似ばかりのパクリエイターなんて揶揄されることもありますけど。でも気に入ってくださる方もいて、お陰様で何とか活動を続けてきました。 え、いえいえそんな。ありがとうございます。確かに素材の選別と、組み合わせ方には気を払っていますが、まだまだ未熟者です。いつも試行錯誤ばかりですから。これから話すことも、そうした試みの中で起きた出来事でした。 それは三ヶ月ほど前のことでした。 ある夕方、大学から帰宅した私はPCを立ち上げ、日課の作業をしていたんです。専用のアプリケーション上にランダム生成された文章やイラストを見て、旋律を聞いて。次の創作の為の閃きを探していました。 スクロールを延々しても途切れない無数の言葉の羅列、そこには例えば『芝犬と礼儀作法の相関』とか、『螺髪の訪日時に瀉血した容疑者のリスト』といった、一見意味がなさそうで、でも何か寓意的な表現が連なっていました。 PCのファンの回る音だけが響く学生向けのワンルーム。そこで文字の宇宙の中に潜っていた私の目に、一つの恒星、『彼女の解禁方法』という言葉が留まったんです。 他の表現と比べて些か抽象的なその言葉に、何故か気になるものがあって。だから、それに基づく説明文も生成してみました。私が利用している自動生成ソフトは、ランダムに言葉を生成する機能の他、その中から特定の言葉を選択すると、その詳細が生成される機能もあります。そうして遷移した画面には想像した通り、解禁方法に関する記述がありました。 方法はシンプルでした。準備するものは簡単な音源とイラストだけ。音源の方は有名なクラシックの一部と、いくつかの生活音と、女性の呼吸音とをミックスしたもので、それをPCからリピート再生で流し続ける必要があるそうです。 私は音源の作成に取り組みました。指定された諸々はフリー音源等で簡単に集められたので、ものの半刻もしない内に、音源がPC上にできていました。 そして、もう一つ必要なイラストの方の準備。これはもっと簡単で、解禁したい少女の姿を用意するというだけでした。その画像をPCの背景に設定する必要があるとのことでした。 ーー怪訝な表情をされていますね。 そう、この方法は全て虚構です。何と言ったって、システムが無作為に生み出した、ただそれっぽく見えるだけの文字の連なりでしかないのですから。 そんな嘘をまるで本当の儀式の手順として準備する、当時の自身の行動がどれほど奇天烈なことか。 ですが、当時の私には必要だったのです。 昔から、私の中には常に一人の少女がいました。存在しない彼女と相談をしたり、アイデアを話してみたり、そんなことをずっと続けているんです。 想像の中の彼女はいつも綺麗で、聡明です。相談するといつも、私に必要な答えをくれます。 ええ、イマジナリーフレンド、と言うのでしょうね。彼女は妄想の産物で、二人での対話は私がただ自問自答しているだけと、わかってはいたんです。 でも、同時にどこかで彼女の存在を信じていました。身体を持たないだけで、私の中に存在している、囚われている。私よりずっと価値のある筈の彼女が、こんな狭い肉体の中に、自由にも動けず。 実は、私が創作の道を進んだのも彼女の為だったんです。彼女がこの世界に存在できるよう、その輪郭をなぞる手段が創作だった。 彼女ならきっとこんな声で、詩で歌う。その時の表情は、背景は、指の動きは――そんなことを考えながら、その断片をパッチワークをしていたんです。 すみません、少し話が逸れてしまいましたね。 兎に角、当時の私はその行動ーー儀式を執り行うことに取り憑かれました。私が以前に生成したとあるイラストを使うものとしました。赤と青の幾何学模様に囲まれて、微笑む想像の中の彼女。それが一番私の中のイメージに近しかったのです。 そのイラストを壁紙に設定しの上、画面が勝手に閉じないようにPCを設定する。その後はスピーカーから作成した音源を流し続ける。流す時間は一晩中で、それ以外にすることはないようでした。 準備を全て終えた私はがっかりしました。あまりにも呆気なく、何か起こりそうな雰囲気はなくて。ただ、崩れた旋律と雑音のミックスが部屋の中に流れているだけ。 熱に浮かされたような衝動はもはや己の内になく、ただ虚しさが残っていました。夜も更けていたので、一旦音源を止め、課題をしたり、入浴を済ませたり、日常の作業に戻りました。 寝る前、音源をこのまま止めておくことも考えましたが、ここで終えたらいよいよこの儀式の真偽がわからなくなる、と思って再生ボタンを押しました。意地になっていたのもあるでしょうね。 寝る為に電気を消すと、ディスプレイの光だけがぼんやり室内を照らして。その中で彼女が微笑んでいました。明るく、更に音が流れていて、眠るのに適した環境ではありませんでしたが、不思議とすとんと眠りに落ちました。 その日はそれで終わったんです。
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