彼女の解禁方法

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最初に変化があったのは匂いでした。 それに気づいたのは儀式をした日から三日後のことですが、あるいはその前から少しずつ始まっていたのかもしれません。 その日、家で作業をしているとふと甘い匂いを感じたんです。キャラメルのような香り。ハードディスクやらマイクやら何かの機材が故障して、焦げたり液漏れしているのかと思いました。 匂いの出元を探して室内をうろうろしたのですが、どこからするのか見当もつきませんでした。諦めて再びPCの前に座り、ふと思い立って自分の匂いを嗅いでみました。 甘い香りが一段と強くしました。匂いは私自身から発せられていたのです。 ですが、心当たりはありません。その日、私はそんな匂いのするものを食べていませんでしたし、そもそも食べた、触れた程度で匂いがそれほど残るのも考えにくいです。 結局その日は、大学構内か、あるいは移動の途中で近くにいた人の香水の匂いが移ったのだと考えることにしました。 次は、それから一週間くらい経ったの頃でした。 朝、大学に行く為にクローゼットを開けて、着替える服を探していました。 先日、友達と一緒に買った黄色いワンピースに袖を通そうと考えていたのですが、ハンガーに掛けた筈の辺りに見つかりません。買った袋にしまったままかと調べても、他に思い当たる場所も確認しましたが見当たりませんでした。 始業の時間もあるので、諦めて私は別の服に着替え、そして靴を履きました。昨晩に結んで、玄関に置いておいたゴミ袋を行きしなに出す為に手に取って。 結び目からは少し中が見えて、そこには一番上に入れられた物が覗いていて。 それは、探していた黄色いワンピースでした。 思わず、ゴミ袋を落としてしまいました。そして同時に、ある言葉を思い出したのです。 『キャラメルは好き、黄色い服は嫌い』 それは、私の中の『彼女』がいつか言った台詞でした。存在しない彼女の設定、その一つ。 それから、彼女の存在の影は次第にはっきりとしてくるようになりました。 例えば、玄関で配達の受け取りをしている際に、配達員の注意が私の後ろに行くことが何度かありました――まるで、部屋にいる誰かを目で追っているかのように。 他にも、PCの中に作った記憶のない楽曲があったり、しまいには誰もいない筈の部屋で、女性の笑い声が聞こえてくることがありました。忍ぶように、でも抑えきれなくて噴き出すような、そんな笑い方の。 そうした一つ一つの出来事に、私は恐怖しました、戦慄しました。次第次第に憔悴し、創作も手につかなくなりました。 おかしな話ですよね。彼女の解禁を望んでいた筈なのに、いざそうして彼女が現れるに至って、怯えてしまって。ですが、私の現実が実際に侵蝕される、拠るべきところを失う感覚は、気も狂わんばかりに恐ろしかったのです。 彼女が見ている、彼女が見ている、彼女が見ている、彼女が見ている。部屋で私はなるべく布団を頭から被り、彼女の視線から逃げようとするようになりました。
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