彼女の解禁方法

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一連の出来事が一ヶ月程続いた後、遂に私は大学の親しい友人に相談しました。彼女のこと等は詳細には話さず、ただ最近部屋で一人なのに誰かいるような気がするという風に。 すると彼は親身になって聞いてくれた上で、霊験あらたかな神社と、そして評判の良い割に空いているメンタルクリニックとを紹介してくれました。どちらの可能性もあるから、両方の対策をした方が良い、と。 そう両方を提示しつつ、彼は後者と推察しているようでした。あくまで心霊的対処法は、私の気が済むことでの、精神的回復を期待しての提案だったのでしょう。私自身、この出来事が超常現象なのか、それとも妄想なのか判断できていなかったので、その反応も無理もありませんでした。 彼の優しさに感謝しつつ、私は提案通り、神社でお祓いを受け、お守りを買い、そしてクリニックで処方された薬を服用し始めました。 一週間が経ちました。 それまで毎日のように起きた何かしらの異常現象は、お守りを買って薬を飲み始めてから、ぴたりと起こらなくなりました。 どちらが効いたのかはわからないけれど、きっとこれで解決したのだ、と私は思いました。あれほど帰るのが嫌だった部屋も、次第に元の落ち着く場所に感じられました。 実際、表情も段々と明るくなってきていたのでしょう。対処法を教えてくれた友人に、ある日の講義後にこう話しかけられました。 「どうやらだいぶ良くなってきたみたいだな。元気そうで何よりだ」 私は彼に、改めて感謝を伝えました。普段は二人して冗談を言い合う仲なので、何だか気恥ずかしいものがありました。それは彼も同じようで、照れくさそうに頬を掻きながら話を続けました。 「そんな、気にすることないぜ。いや何、心配だったから遠目に見ていたのだけれど、日に日に良くなってきているみたいだったから」 「そんな、遠巻きに見るだけじゃなく、傍にいて話をしてくれていても良かったのに」 「いや、俺もあまり仲良しな二人の邪魔しちゃ悪いかな、と思ってよ」 彼のその発言にぴんと来ず、私は尋ねました。 「二人って、私が誰かと一緒にいたってことなの」 「ああ。食堂とかで見かけるといつも、隣に誰かいてさ。その子、俺は見たことない女の子だったから、遠慮して声をかけるのは控えていたんだよ」 私は。 私はこの一週間、誰とも一緒に食堂に行っていませんでした。いつも一人で座っていた、その筈なのに。そんな私の戸惑いに気づかず、彼は少し茶化したように言葉を続けました。 「でも、随分綺麗な女の子だったなぁ。いつも赤と青を基調とした服を着ていたから、遠くからでもすぐに分かったよ」 その後の授業に、私は出ませんでした。まっすぐに家に帰ることにしました。 大学の道も、駅のホームでも、私の方に視線をやる何人かの人がいました。いえ、正確に言えば、私の隣にいる誰かを見ているようでした。仲睦まじく肩を寄せているだろう、『彼女』を。 身体中の毛が逆立って、耳の奥もキン、と音が鳴っているような気がしました。手のひらを見下ろすと、手が細かく震えているのが見て取れました。 もはや部屋の中だけでなく、外にも彼女が解禁されていました。私の逃げ場所はどこにもありません。ならば、逃げるのでなく立ち向かう必要がある、と考えました。 家に着くなり、私は自分のPCを立ち上げました。夕陽が差し込む薄暗い部屋の中に、ディスプレイの明かりが灯りました。 微かな解決の糸口は、このPCにある、と考えました。全ての始まりはここからです。ここで行った儀式が事態を引き起こしているのだから、その中断をする為には、この中で何かをすべきなのだ、と考えました。 私はランダム生成のアプリケーションを立ち上げました。その履歴を辿って、 『彼女の解禁方法』が表示された際の画面に戻ろうと考えたのです。儀式の説明の中や、その前後に何か中止する手がかりがないか探ろうと。 ですが、アプリケーションが立ち上がり、ホーム画面が開いた瞬間に私は息を飲みました。本来そこには、生成された無数の言葉が並ぶ筈なのですが、その時は中央に一言だけが記されていました。 『彼女は解禁されました』 私は震える手でウィンドウを閉じようとしました。しかし、右上の『閉じる』ボタンは何度クリックしても反応しません。あらゆる場所をクリックしましたが、同様でした。 ――いえ、一か所だけクリックしていない所がありました。特定の言葉から、詳細が生成される機能。それは言葉自体をクリックすること。 私は、中央の言葉にカーソルを合わせてクリックしました。 読み込み画面に少しなった後、再び画面が表示されました。そこには同じように、『彼女は解禁されました』という文字だけが浮かんでいます。 もう一度同じことをしましたが、同じことが繰り返しました。 そして、更にもう一度押すと、真ん中の言葉が少し変わりました。 『彼女は解禁されました。おめでとうございます』 「おめでとうございます」 声がすぐ横でしました。耳元に囁くように、少し笑うように。私は指一本も動かせませんでした。声のした方向を振り向くことも。 声は語り続けます。 「おめでとうございます、私が解禁されました。良かったよね、君が望んだことだもの。でも、あまり喜んでくれないのね。お祓いとか、色々試したりまでして。無駄なのに」 彼女はそこでくすくすと笑いました。 「だって私はお化けでも妄想でもないもの。私はただ存在しただけ、こっちに来ただけ。今までも貴方のこと、見ていたのだけれど。貴方や、他の皆も私が見ていることに気づけるようになっただけ。だから、ほらねえ」 こっちを見て、と彼女は言いました。 私の首がゆっくりと、声のした方向に動きます。それは私の意思とは無関係で、見えない力に動かされるように。 私は、視線をそちらに向けないように必死に堪えました。そして、ディスプレイの画面だけを睨んでいました。画面上にはもう、アプリケーションは開いていません。マウスを持つ手を無理やり動かして、私は画像フォルダを開きました。そのまま、儀式に使った彼女のイラストを探し当て、削除を選択します。 ゴミ箱の中を空にするのと、完全に彼女の方に首が向くのはほぼ同時でした。 彼女の画像データをPC上から消した瞬間、身体のこわばりが急になくなりました。部屋に満ちていた不快感も、何もかも。横を向いた先には誰もおらず、 ただ日が沈んだ町並みが、窓越しに見えているだけでした。 それから、彼女の存在が現れることはありませんでした。件の友人と再び話した際、彼は私の隣にいたという彼女のことをすっかり忘れていました。 はい。私が先日、創作活動を引退したのは他ならぬこの出来事が原因です。他の誰にも言っていないですけどね。だって、彼女を存在させることが目的だった創作だったのに、今の私は彼女に存在してほしくない、と心から思っていますもの。何も生み出せるわけがありません。 ――これで私の話は終わります。ありがとうございました。
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