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※※※
「トラックのドライバーは俺にはあっていると思う。人と話をしなくていいからね。」
たいがいの人間は信用ならないけど、今の会社の専務は信用できる人だし…。
報告書を書くために一度事務所に戻るという和真に対し、玉田は駐車場まで付いて来た。彼の車もそこに停めてあったからだ。
「酒気帯び運転で検挙されたことのある俺を雇ってくれる運送会社なんて、他にあると思う?」
中型の免許を取らせ、自分の父親である社長を説得して入社させてくれたのが大学時代の先輩である専務の小田切静司だった。
「だいぶ前の話で常習性があるわけでも無い。他の会社で雇ってくれないというのなら引き抜かれる心配も無いしな。」
酒気帯び運転で市役所の退職を余儀なくされ、婚約も破棄された和真が浜松を去り、学生時代を過ごした東京の多摩地区で職を転々としていた頃、声をかけてくれたのが小田切だった。
「苦労しているのは知っている。お前は学生時代から運転も上手かったし、よかったらうちの会社で働かないか?」
冷凍倉庫の契約社員よりはずっといいと思うぞ…。
「ひとつ、聞いていいですか?」
そう言いながら次の取材の約束をしてくるのが玉田のやり方だと知っていた。
「いくつでも、どうぞ。」
こういうとき、案外重い質問を投げてくるのも、この男の特徴だった。
「白坂裕理さんとは…その後、連絡を取ろうと思ったことは?」
その問いに、和真が逆に聞き返した。
「逆に一度聞きたかったんだけど、俺の居場所、誰に聞いて知ったんだ?」
玉田が、少々ばつの悪そうな表情を見せたのがわかった。
千葉県にある運送会社に入り、トラックドライバーとして働いています。酒気帯び運転で前職を失った自分がそんな仕事に就いていいのかと思われるかもしれませんが、これも何かの縁です。まずは近況をお知らせしたく、久々に筆をとりました…。
房波運輸に正社員として採用が決まった時に、白坂裕理に送った手紙である。
返事は無かった。これが今から八年ほど前のことである。
※※※
取材を受け始めてからちなみが自宅にやってくる回数が減った。彼女自身も隣の市原市で一人暮らしをしているのだが、これまでは週の半分くらいは和真のアパートに宿泊しそこから通勤していた。事務職とドライバーなので出勤時間も違い一緒に通勤することはほとんど無かったが、それでも二人のことは社内ですでに公認とも言えた。
「二十二歳も差があるようには見えないですよねえ。」
総務課の女性社員からそう振られたことがある。自分が幼いのかちなみが大人なのか、その辺りはよく分からない。
「悪くない組み合わせだと思うぞ。ヤンキーはいったん好きになるととことん尽くすって言うから、まあ大事にすることだな。」
小田切からも茶化されることがある。ヤンキーだと思って採用したんですか、と聞くと、俺はその人間の育成も考えて採用している、と答えた。おそらく自分もその枠の一人だったのだろう。
ここしばらく泊まりを伴う長距離の仕事が入り、家を空けることが多かった。そのせいでちなみと会う機会が減っていると感じたのだが、久々に早い時間に上がれることになったその日に事務所で声をかけると、今日は自宅に戻る、と小さく笑って返された。
「夜、また電話するよ。」
そう言うと、素直に頷いてくれた。
たわいのない会話が続き、ふと途切れた時に最近泊まりに来ないな、と聞くと思わぬ答えが返ってきた。
「和真さんの頭の中、いま昔のことでいっぱいでしょ。」
言葉に詰まった。玉田の取材は次で四回目になる。話は試合のことに留まらず、これまでの和真の経歴にまで及んでいる。どういう事なのかとは思いつつ、不思議な気持ちで取材を受け続けている。
「和真さんはこれまで閉じ込めていた過去のことを、ようやくなぞっているんだと思う。そこに私がいたら半端になっちゃうでしょ。」
ちなみと付き合って三年半になるが、この関係がずっと続けばいいなと思う反面、そろそろこれからの事も考えなければならないだろうなと、そういう思いもある。
「いっておいでよ。そしてそれが終わった時、ここに戻ってくるか、それとも…。」
和真は慌ててスマホを握りなおす。戻ってくるに決まっているだろう、そんな意味の言葉をちなみに返した。
電話を切って、ベッドに大の字になる。天井を見上げながら、ちなみが大人なんだ、と感じる。そして加えて自分が幼い のだ、とも思った。
国道十六号線の喧騒が、しばらくぶりに耳に入ってきた。
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