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血だまりと死体の中心にいた咲那は、嚙みちぎった耳を吐き捨てた。頬をぬぐうが、たわむほど袖口が血を含んでいるせいで、上手く拭けない。窓を見ると、髪から額、頬まで赤く染まった顔が映っている。
「終わった?」
車両のドアが開く音と声がして、咲那は振り返る。そこには二人の同胞が立っていた。
乃蒼とアスカも咲那と同じように服も肌も滴るほど血濡れた姿だ。片手で引きずっていた白衣の人間の首根っこを離し、乃蒼は車両に入ってくる。アスカはドアと車両の間に転がる死体を跨ぎ、彼女に続いた。
「終わったよ、全部」
咲那は答え、四人掛けの座席にもたれるように死んでいる鹿子を通路に投げ出す。空いた座席には、ヨーコのスマホが落ちていた。ヨーコの遺体を探し、指紋認証を解除する。
「おやすみなさい」
咲那はスマホを操作し、彼女が好きなクラシック音楽を流した。
「じゃじゃじゃじゃーんだ!」
楽しそうに曲を口ずさんだ乃蒼が座席に飛び乗る。彼女を横目に、咲那は座席に片膝をついて窓を開けた。
新鮮な風が吹き込み、血生臭い空気を消し去っていく。窓から顔を出すと、まぶしい日差しが目に染みた。
電車と並行するように、白いハトたちが飛んでいる。
「産まれたよ、お母さん」
咲那は窓から手を伸ばした。
すぐに電車は長いトンネルに入り、窓の外が黒く染まる。耳障りな電車の振動音と車輪のこすれる金属音が、さらに大きく響いた。
トンネルを抜け、電車が海沿いの鉄橋を走っていく。
車両内には、生きた人間が一人もいなくなっていた。残されたのは大量の血痕と、重なり合う遺体、音楽の流れるスマホだけだ。
窓のそばには、三人分の小さな足跡が残っている。
海のそばに住む人間が山に逃げるなら、地上で生まれた女神は空に逃げるのだろう。血で汚れた窓の外では、三羽のハトが潮風に乗ってはばたいていた。
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