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寒くて体が凍り付きそうだ。このまま寝たら、一生目覚めることはないだろう。混濁する意識の中で本能的に危険を感じ、咲那は体を起こした。
夕日が祠の壁を照らし、オレンジ色に染まっている。そのそばにしゃがみ込んだ人影に、咲那は身構える。
「なにしてるんですか?」
声をかけると、黒いジャケットを着た背中が動いた。
「釣り」
振り向いたのは民宿に泊まる、煙草をポイ捨てした女性だった。彼女は煙草をくわえたまま、子どもが使うような小さな釣り竿を掲げて見せた。
「こんなに汚い沼で?」
咲那の問いに答えることなく、彼女は立ち上がる。
「気をつけて帰ってね」
ひょうひょうとした足取りで去って行く女性の背中を、咲那は湿った沼地に座り込んだまま見送った。
民宿の女性がいなくなり、咲那はようやくここまで来た理由を思い出す。あれは夢だったのだろうか。あたりには雪が降った形跡もなければ、誰かがいた形跡もない。
考えるまでもなく、また例の悪夢を見たのだろう。
「七つの悪夢と七つの試練」
夢の中で聞いた仁汰の言葉を思い出す。あれが夢だったのだとしても、妙に頭に残る言葉だ。
それにしても、仁汰はどこに行ったのだろうか。茂みで見かけた彼の姿も、アスカのことを考えていたせいで見た白昼夢だったのかもしれない。
どこから夢で、どこからが現実だったのか。考えながら立ち上がった咲那は、女性が釣りをしていた近くに落ちていた白いスニーカーを片方見つけた。大きさからして子どものものだ。ヒール部分にマジックでなにか書いてある。泥のついた部分を指でなぞってふき取ると「タカナシ ジンタ」と名前が出てきた。
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