30人が本棚に入れています
本棚に追加
不安な気持ちをかき消すように怒鳴りながら振り返った。
聞こえていたアスカの泣き声が、ふいに止まる。
「アスカ?」
そこには誰もいなかった。
薄暗い山道と湿った木々が見えるだけだ。山で唯一開けた沼地に、夕日が降り注ぐ。風が止まり、木々のこすれる音が消えた。風が止まると、山の匂いも薄まってくる。
沼地の周りを見回し、山道に目を凝らすが彼女の姿はない。
「アスカ! どこ?」
呼びかける咲那の声が沼地に反響して、すぐに消えていった。
彼女はどこに行ってしまったのだろうか。確かにさっきまで、後ろをついて歩いて来ていた。
「こぶた、たぬき、きつね、ねこ」
不気味な暗闇にここぼそくなり、咲那はおまじないを唱えた。小さなつぶやきがあたりに溶けてなくなった時、風に乗ってどこからか泣き声が聞こえてきた。
彼女の泣き声だ。
一体どこに行ってしまったのか。もと来た獣道に入り、咲那は木をかき分けてアスカを探した。下りの山道は、足場が悪いせいで上手く進めない。幹を伝いながら下っていくが、彼女の姿は見えなかった。
どれだけ山道を進んでも、泣き声は遠くも近くもならない。何かがおかしい。不安になった咲那は祠のある沼地にまで戻った。
獣道を抜けて沼地に出ると、祠にアスカが一人立っていた。
「なにやってんの、そこは立ち入り禁止だって先生も言ってたじゃん」
泣き声はいつの間にか止んでいた。咲那はこちらに背を向けるアスカに声をかける。
「早くこっちに来なよ」
呼びかけるが、アスカは祠をじっと見つめたまま動かない。
「アスカ?」
最初のコメントを投稿しよう!