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「こぶた、たぬき、きつね、ねこ――」
不安で上がる心拍数と一緒に歩く速度も速くなっていく。また背後から音がしたが、風か鳥だと自分に言い聞かせ、咲那は這うように山道を登っていく。
「こぶた! たぬき! きつね! ねこ!」
恐怖を振り払いながら叫んだ直後、木々の間から光が見えた。急いで咲那は光に向かって駆けていくと、ようやく開けた沼地に到着した。
予想通り、沼の前には仁汰の姿があった。
「良かった、どこもけがはない?」
背中を丸めてしゃがみこんだ仁汰は、咲那の声が聞こえなかったのか沼を覗き込んでいる。
「ウ――ルヨ」
彼は何か言っていた。咲那は仁汰に近寄り、丸まった背中に触れようとした。
「ウマレルヨ」
仁汰の顔が背後に向く。
丸まった背中も腕も足も沼の方を向いたままで、彼の首だけが骨がないようにぐにゃりとねじれていた。
咲那はなにが起こったのか分からず、悲鳴を飲み込む。唖然としている間に、ねじれた彼の首から炎が上がって彼の顔が燃えだした。
燃え上がる顔の位置がスッと高くなっていく。立ち上がったのではない、その足先は宙に浮いていた。
咲那は燃え盛る顔で見下ろす少年に腰を抜かし、尻餅をつく。勢いよく燃える炎の熱で肌が痛い。仁汰の体が回り、ねじれた首が元に戻る。彼はゆっくり右腕を上げると、咲那を指さした。
「なにが?」
「女神の卵が孵る」
咲那の問いに答えたのは仁汰ではない。
「浅保咲那、お前に七つの悪夢と七つの試練を与えよう」
聞いたことのない、低いような高いような、獣と人間の中間の不思議な響きをした声だった。
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