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「お帰り! 遅かったけどなにかあったん?」
リビングの向かい側にある和室から、慌てた様子で裕子が顔を出す。その手には掃除機をぶら下げていた。
「ちょっと乃蒼と寄り道しただけ」
夜に掃除をするのは珍しい。掃除機と母親の顔を見比べている咲那をよそに、裕子はいそいそと掃除機を片付けてリビングに入った。
キッチンから手を洗う音が聞こえてくる。
「まだご飯できとらんけど、すぐに作るけんね」
「いいよ、別に。そんなにお腹すいてないし」
咲那はリビングをのぞき、ドアのそばにある電気をつけた。
「なに言っとるんよ。成長期の子どもが食べんでどうするんね」
「だってお腹すいてないんだもん。それより、おばあちゃんの部屋を掃除してたの?」
咲那はリビングのソファに通学用のリュックを置き、母親の背中に話しかける。あの部屋はもともと祖母の部屋だったが、今は裕子が寝室として使っている。
「お父さんがそろそろ帰ってくるけん、部屋の片づけをしとったんよ」
嬉しそうに振り返り、母は冷蔵庫を開ける。
「そうなんだ」
いつものように咲那は淡々と答える。いつものことだが、今日は受け止めきれそうにない。
「本当にあんまり食欲がなくて、ちょっと横になりたいんだ」
咲那は置いたばかりのリュックを持ち、キッチンそばのリビングのドアに向かう。
「大丈夫? たしかに顔色がよくないわ。季節の変わり目じゃけん、風邪ひいたんじゃないん?」
裕子はガラスのコップに水を注ぎ、咲那に渡した。
「ちょっと横になれば大丈夫だから」
コップを受け取り。咲那は水を飲み干す。
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