29人が本棚に入れています
本棚に追加
/159ページ
【二日目】-1
疲れていたからか、久しぶりに咲那は夢を見なかった。泥のように眠ったおかげで、昨日よりも体が軽い。
ベッドで体を起こすと電気に目が留まった。
いつの間に消えたのだろうか。不思議に思ったが、母親が消したのだと納得して朝の支度を始めた。
いつものように制服に着替えてポニーテールを作り、カーテンを開けて近所の人たちに挨拶をする。島の向こう岸の線路を走る電車を眺め、一階のリビングに下りた。
いつも通りの朝だ。そう思った咲那だっただが、リビング前で待ち構えるように立っていた母親に嫌な予感がした。
「おはよう、咲那」
明るく咲那を迎えた裕子がリビングのドアを開く。まるでなにかサプライズでもあるように、勿体つけた表情だ。
「昨日、お父さんが帰ってくる前にあんた寝ちゃったじゃろ?」
また始まったとうんざりした咲那だが、母親の肩越しに見えた人影に息をのむ。
ダイニングテーブルの母親がいつも座る席の隣に、男が座っている。男の顔を見たとたん、咲那は持っていたリュックを床に落とした。
「この人、お父さん?」
「なに言っとるんね、そうに決まっとるじゃろ」
咲那が震える唇でなんとか声を発すると、裕子はテーブルに着いた男の肩を嬉しそうに持って笑った。
太い眉毛に片方だけ二重の目、鼻の右側にある大きめのほくろ。間違いない、彼は記憶の中にいる父親の圭吾そのものだ。
「ただいま、咲那」
まるで仕事から帰ってきたように彼は言って、片手をあげた。
失踪していたなんて思えない態度に、咲那は自分の頬を叩く。まさか、自分も母親のように幻覚を見ているのではないか。そう思ったが、頬にはちゃんと痛みがある。
「こぶた、たぬき、きつね、ねこ、こぶた、たぬき、きつね、ねこ、こぶた、たぬき、きつね、ねこ――」
頭がおかしくなりそうで、咲那は何度もおまじないを唱えた。
最初のコメントを投稿しよう!