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頬を引っ張りながら繰り返し動物の名前を呟く娘をよそに、裕子は気にせず朝食をテーブルに並べ始めた。
「それ、おばあちゃんもよく言っとったんよ。懐かしい」
裕子は味噌汁を咲那の席に置き、自分の席に座った。きれいに並べられた朝ご飯を前に、とりあえず咲那は自分の席に着く。
「お母さんもよく言ってたよ。忘れたの?」
咲那が幼いころ、裕子も同じように動物の名前を唱えていた。島に帰ってからは一度も聞いていない。まさか、同じおまじないを祖母まで唱えていたとは知らなかった。
祖母から母へ、母から娘へ受け継がれたおまじないだったようだ。
「そうだった?」
向かいの席で裕子は首をかしげた。思い返してみると、彼女がおまじないを唱えなくなったのは圭吾が失踪してからだった。
「とにかく、朝ごはん食べないと。学校に遅れるでしょ」
失踪していた父が帰ってきたというのに、裕子はなにも説明する気はないようだ。
咲那は母親の隣に座る父親をひっそり見た。圭吾に表情はなく、なにを考えているのか分からない。確か、父親が失踪してから七年は経っている。どういういきさつで、彼が島までやってきたのか気になる。
聞けない空気を感じるのは、裕子がなんでもないようにふるまっているからだ。まるでこの状況を受け入れろと、無言の圧力をかけているようで居心地が悪い。
父親が帰ってきた、それは喜ばしいことだ。もしかしたら、失踪事件が良くあるこの島のおかげなのだろうか。
母親がこの島に帰ってきたのも、父が見つかってほしかったからかもしれない。
「こぶた、たぬき、きつね、ねこ」
なんにせよ、家族三人そろったのだ。一旦この状況を受け入れようと、咲那はおまじないを呟きながら朝ご飯を食べた。
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