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母親の妄想だった父親が本当に家にいる。その違和感もすぐに消えるだろう。突然いなくなって突然帰ってきたのだ。多少の気まずさがあるのは仕方がない。
母親の嬉しそうな顔を思い出しながら、咲那は海岸通りを歩いて学校に向かった。大人たちは朝から祭りの準備に追われ、島中を忙しなく動き回っている。
女真島には大学がないこともあって、二十代前半の大人はほとんどいない。代わりに力仕事をする元気な老人が多い。紙垂を下げた縄に提灯を設置したり、祭りで使う材木を運んだり、のこぎりで切ったりと、朝からあわただしい。中には声を掛け合いながら、太い丸太を持ち上げてトラックに乗せているおじいさんまでいる。
「なんか、にぎわってきてるね。お祭りってなにすんの? 配信してもいいんかな?」
バス停で合流した乃蒼は物珍しそうに彼らを見ながら、スマホを向けている。
「いいんじゃない? でも、本当に期待しない方がいいよ。出店があるって言っても、島の大人たちの持ち寄りみたいのものだし。おばあちゃんたちが作ったおぜんざいは美味しいけど」
「おぜんざい! 私、大好きなんだけど!」
「そりゃよかった」
予想以上にぜんざいに食いついた乃蒼の姿に、咲那は家族のことを忘れて頬がゆるむ。
「行ってきます!」
バス停のそばの横断歩道を渡った時、民家から少年が飛び出してきた。
「仁汰、お弁当!」
彼を追いかけた高梨さんがお弁当を渡す。
仁汰だ。お弁当を持って走り去っていった彼を見送り、乃蒼は咲那の肩を叩いた。
「言ったとおりだったでしょ? すぐに帰ってきたじゃん」
「そうだね」
やはりあれは夢だったのだろうか。咲那は乃蒼に答えると、民家の前にいた仁汰の母親に駆け寄った。
「おはようございます! あの、仁汰くん見つかってよかったですね」
「ん? おはよう、咲那ちゃん」
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