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今はゆっくり休んで、体調が万全になったらこれからのことを話そう。咲那は彼女の体調を考え、今日のところは帰ることにした。
「高校に入って、一緒に学校に行こうね」
病室から出る直前、咲那は振り返ってアスカに手を振る。彼女も手を振り返し、昔と変わらない笑みを返してくれた。
「うん、今度は置いて行かんといてね」
アスカは微笑んだまま言った。
咲那の頭が一瞬で真白になる。
「またね、咲那ちゃん」
ほほ笑む彼女の顔を直視できなかった。咲那は病室を後にすると、すぐにトイレに駆け込んだ。
彼女はまだあの時のことを許していない。それなのに、なにを浮かれていたのだ。自己嫌悪で吐き気がとまらない。
胃液まで吐き出し、咲那はようやくトイレの個室から出た。頭を冷やそうと、水道で顔を洗う。濡れた顔をハンカチで拭き、鏡を見た。
目は充血し、寝不足のせいで濃いクマができている。こんな顔を見せたら母親に心配をかけてしまう。少しでも顔色をよく見せようと頬を叩き、出口のドアに向かう。
ドアノブに手をかけた時、背後であぶくの弾ける音がして咲那は振り返った。視線を下げると、排水溝の上になぜかガマガエルがいた。
喉を膨らませて鳴く声がトイレに反響する。島には虫もカエルも多いが、どこから入ったのだろうか。不思議に思いながら再びドアを開けようとするが、何度ノブを回しても開かない。
「すみません! 誰かいますか?」
ドアを叩きながら、咲那はトイレの外に声をかける。何度声をかけても、ノブを回しても、ドアは開かない。
閉じ込められた。
最後にドアを強く殴りつけ、肩で息をする。
「こぶた、たぬき、きつね、ねこ」
とにかく落ち着こう。咲那はいつものおまじないを呟いた。少しだけ冷静さを取り戻したとき、背後からかすかに赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
振り返るが誰もいない。
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