【三日目】-1

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 床にいたカエルもいなくなっていた。代わりに落ちていたのは緑色の卵だ。赤ん坊の声は卵から聞こえてくる。子どものおもちゃだろうか。泣き声にあわせて左右に揺れる卵は薄気味悪い。  卵を見つめていると、殻に小さな亀裂ができていた。揺れるたびに、卵のヒビが徐々に広がっていく。ヒビの広がりと一緒に、泣き声が次第に大きくなってくる。最後に深く亀裂が入り、卵は割れた。  中から赤黒い塊が流れ出る。蠢くそれは、オタマジャクシだった。巨大なこぶしほどの大きさのオタマジャクシが、口をパクパク動かして赤ん坊の声で泣いている。ぬめっとした赤黒い体に生えた足を動かす姿は、まるで人間の胎児みたいだ。  不気味な生き物に咲那は収まった吐き気が再びこみ上げ、舌をのどの奥に押しやる。  泣き声がトイレに反響する中、ドアノブを回すがやはり開かない。咲那はトイレの掃除用具入れからホウキを取り出し、意を決してオタマジャクシを突いた。風船のように膨れた体がはじけ飛ぶ。ゼリーのような体から赤黒い体液が流れ出し、ようやく泣き声は止まった。 「気持ちわる」  咲那はホウキを下ろして呟いた。体液の匂いなのか、トイレは鉄のような血生臭い匂いが充満している。思わず鼻をおさえていると、排水溝がボコボコと泡立つような音がし始めた。今度はいったい何なのか、排水溝を見ると血と泥が混じったような赤黒い液体があふれ出していた。  液体はすぐに足元まで迫ってくる。咲那はホウキで液体を排水溝に押しやろうとしたが、流れは止まらない。液体はあふれ続け、瞬く間に足首まで浸かった。徐々にあふれ出す液体の勢いは増していく。足首、ふくらはぎ、太もも、腰と、咲那の体は瞬く間に沈んでいった。
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