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和室から出ると、冷たい風が吹いて咲那は腕をさする。ふと見ると、玄関が開いていた。もしかして、両親は外に行ったのだろうか。
玄関にあった母親の靴がない。やはり裕子は外に出たのだ。近所の人たちを探しに行ったのかもしれない。考えながら咲那は玄関を閉め、リビングの棚を開けて懐中電灯を探す。
暗がりの中、手探りでようやく見つけた懐中電灯をつけて二階に戻ってみることにした。目も慣れてきたようで、暗闇でもうっすらあたりの様子が見えるようになってきた。
部屋に帰って室内を照らすと、ベッドに誰かが座っている。懐中電灯の光が照らしだしたのは父親の圭吾だった。
「ちょっと、脅かさないでよ」
驚いて咲那は懐中電灯を落とした。足元の懐中電灯を拾って動揺した気持ちを抑えようとするが、心拍数は上がったままだ。
父はベッドに座ったまま、じっと宙を見つめている。膝の上でこぶしを握り、人形のようにまっすぐ前を向くだけだ。
「お父さん、なにしてるの? 寝ぼけてる?」
咲那が肩をゆすると、ようやく圭吾と視線が合った。
「誰?」
圭吾は首を横に傾けて言った。おもちゃみたいに垂直に曲がった首と、暗がりだからか余計にうつろに見える目。父親が不気味に思えて、咲那はとっさに彼から距離を取る。
寝室は一階だが、寝ぼけて二階まで上がってきてしまったのだろうか。
「誰って、そういうボケいらないから」
早く父親を一階におろし、母親を探しに行こう。「ほら立って」と、咲那が促しても圭吾は首を曲げたまま動こうとしない。
「誰?」
再び圭吾は問いかける。
「だから、そういうのいいから」
苛立ちが隠せず、咲那は語気を荒げた。
再会してからこの調子だが、いい加減相手にするのが面倒になってきた。停電の中、母がいないせいで圭吾の態度が癇に障る。
「俺、ダレ?」
誰、誰、誰、誰、と言いながら圭吾は頭を抱えた。
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