30人が本棚に入れています
本棚に追加
年は四十代くらいだろうか。白いワイシャツの上から黒いジャケットを羽織った女性が、眠そうに切れ長な目を半分閉じて、煙を吐き出した。
「おはようございます、なにしてるんですか? 子どもの前なので、喫煙はお控えいただけると幸いです」
乃蒼が近づくと女性はすぐに煙草を足元に落とし、島では見たことのない高そうな革靴で火を踏み消した。吸い殻はそのままに、彼女は民宿に入って行く。
「照れ屋なのかな?」
不思議そうに乃蒼は民宿を指さした。
「あほじゃん」
呆れた咲那の言葉を聞き流して、彼女はすぐに別のものに興味を移す。
「なにか事件みたいだよ、咲那!」
彼女は民宿そばの民家の前に停まるパトカーを指さした。
パトカーの前では、警察官と高梨のおばさんが話している。
島の交番には警察官が二人しかいないが、彼は最近島にやってきた若い警察官だ。高梨のおばさんと話している警官が、咲那と乃蒼に気づいて手を挙げた。
「君たち、仁汰くんのこと見てない?」
仁汰というのは、高梨さんちの小学三年生になる息子だ。このあたりでは有名ないたずらっ子で、よく海や山を友達と一緒に駆け回っている。
「見てませんけど? 乃蒼は?」
咲那は乃蒼を見下ろして目配せするが、彼女も知らないと首を振った。
「実は昨日から、仁汰君が家に帰ってないみたいで」
「まあ、あの子のことじゃけん、すぐ帰ってくるんじゃないかね?」
高梨のおばさんはそんなに焦った様子ではない。寝間着に黄色いカーディガンをひっかけ、腕組みをしている。
最初のコメントを投稿しよう!