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【零日目】
海のそばに住む人間は、山に逃げるのかもしれない。中学校の裏手にある山を歩きながら、咲那は足元を見つめた。
足場の悪い山道は、雨が降ったわけでもないのにぬかるんでいる。
「なんで怒っとるん?」
「怒ってないよ」
「怒っとるよ」
背後から聞こえる同級生のアスカの声に、咲那は振り向くことなく答えた。いつもだったら通らない山道は、奥に進むほど土と草の交ざった匂いが濃くなってくる。
「暗いけん、別の道から帰ろうや」
体が小さなアスカは、同級生の中でも体力がない。逃げるように山を登る咲那を追いかけるだけでも必死だろうが、それに加えて彼女は暗い場所が苦手だった。
泣きそうな同級生の声を咲那は無視して、彼女を振り切るように歩き続ける。
「じゃあ、一人で帰ったらいいじゃん。こっちが近道なのに、いつもアスカのために遠回りしてるんだよ」
とげのある言葉を投げかけると、背後から鼻をする音がした。
「ごめんなさい」
アスカの泣き声が山に響く。
咲那は耳元をおさえ、彼女を振り払うように獣道を登り切った。
「中二にもなって恥ずかしいなぁ」
ようやく獣道から抜け、拓けた場所に出た。お祭りの日以外、島の中心にある沼地は子どもの立ち入りが禁止だ。大人に見つかれば叱られるが、島の子どもたちは下校の近道として良く使っている。
ふと見ると、沼地の中心にある祠の観音開きの戸が片方開いていた。揺れる祠の戸と沼地の湿度が不気味で、咲那は無意識に視線をそらす。
「もう、分かったから泣かないでよ!」
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