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「え?あ、俺ですか?えぇーと、働くのってなんか面倒だし、別に今の生活に困っていることはないんで…」
始めて街頭インタビューされたと思ったら、話題が「2052年!働かない若者、ニートの実態」みたいなものだった。どうせそれっぽい人間にあえて取材して、ネットのおもちゃに仕立て上げようって魂胆だろう。でも俺は何一つ嘘は言ってないし、自分の意志で生きているんだ!社会の歯車となって、生きている意味も見失ったそこらのサラリーマンとは覚悟が違う!俺一人が働かなくったって大した影響ないくせによ!久しぶりに昼間外に出てみた結果がこれだよ、全く。
29歳、仕事なし、実家暮らし、生きがいはゲームとアニメ。親はもう何も言ってこなくなったし、不自由はあんまりないし、何とかやっていけてる。
ちなみに明日で30歳を迎える。
深夜12時。やっと静かになってくれた。慣れた手つきで、寝ている親を横目に家のドアをそっと開き、最短ルートでコンビニへ駆け込んだ。20%増量中のポテチと2リットルのコーラを買い、そそくさと家に戻る。まず深夜アニメを見て2時間ほどつぶし、次に待ちに待った新作のゲームをプレイする。巷で有名なVRMMORPG(仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)。VRゴーグルを装着する。今までにないぐらい美しいグラフィック!幻想的な世界観ながらもリアリティを感じられる。
「はぁ、俺もこんな世界に生まれたかったなぁ」
叶いようもない願望がため息とともに出る。
ゲームの中であれば喜んで職に就く。剣士、魔法使い、僧侶、etc...魅力的な職業が揃っている。しかし、おかしい、10種類以上の職から選ぶことができるはずなのだが、なぜか選択できない。唯一選択できるのは一番下にある「なし」という選択肢のみ。
「なんだよ、バグなのか?チッ、期待してたのに使えねぇなこの制作会社も」
あとから変更できることを信じて仕方なく「なし」を選んだ。悪態をつきながらも、ゲームの中でも職がない自分に少し苦笑いがでた。一通り探索したり、敵を倒したりして進んでいくと、ギルドへの入団を進められた。中世ヨーロッパの大聖堂のような建物に入ってみると、すでにかなりの人数がおり、何人かでグループを作り話をしている。そんなことより驚いたのは、全員職に就いていることだ!俺だけなのかよ、職がないのは!と思った矢先、大勢の目が俺の方に集まってくる。
「え、なんで職無し?」
「尖りたいだけだろ、どうせ」
「関わりたくねぇ」
とか色々言われているような気がする!いや言われている!俺はたまらずそのギルドから抜け出した。
「おかしい、ここはゲームの中だ。リアルなだけであって現実ではないはずだ!」
俺の記憶の奥深くに投げ捨てたはずのゴミくずがフラッシュバックしてきた。
焦りと緊張で心臓の鼓動が大きくなり、脂汗が滴る。そしてなんだ?気づいたら腹が減っている!ゲームの中なのに!しかも明らかに終盤に出てきそうな強敵があちらこちらにいる。
「と、とにかく近くの村に行かなければ!」
闇雲に走り回ったが、約10年ほど動かしていない体が素直に言うことを聞くはずがなかった。やっとの思いで看板を見つけたが、
「100meters to the right , Caron Village.」
なぜか英語表記になっている!悲しいことに高校もろくに言ってないため全然意味が理解できない。
「おかしい!おかしい!おかしい!やってられるかこんなゲーム!」
本格的に死が見えてきたところで、突然現実に戻ってきた。戻ってきたというより戻ってしまった。どうやらどこかにゴーグルをぶつけて壊してしまったようだ。あちこち暴れすぎてぐちゃぐちゃだった部屋が逆に少し片付いたように思える。
「騙された、何が最新だ、VRだ、クソゲーじゃねぇか......」
とりあえず戻ってこれて安心したが、時計を見ると6時12分。かなり時間が経っていたことに驚きそして、30歳になっていた。
しばらくするとインターホンが鳴った。親はもう仕事で家を出ているようで、俺が出るしかないようだ。
「頼んでいたグッズかもしれないしな......」
久しぶりに階段を降り、玄関のドアを開けた。
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