仇討ち解禁

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 真っ赤に染まった空を見上げ、雲一つなくなった目の前の景色に動くものが一つ。  煙を吐きながら突き進んでいく飛翔体。多分あれで最後かな。そんなことをぼんやり考えていました。  目の前真っ黒になって広がる眼下の「都市」だったもの。光り輝いていた人々の営みが、絶望的に打ち切られてしまった景色。  「ふぅ」と一息ついて、隣を見ると、同じように嘆息したような表情をした彼ら。その眼は失敗だったね、と語っていました。 「ピピピピピ」  いつもの目覚まし時計の音で目が覚めました。ついさっきまで視ていた夢が少しずつ記憶の中で劣化していきます。夢の中で感じていた「諦め感」だけが少しだけ尾を引いて感情の中に残っていましたが、その感情もベッドから降りて顔を洗う頃には消えていました。  私、八尾と名乗っています、は、この国に15人いる裁判官の秘書を仕事としています。今日は重大な制度が決まる予定の日。  明治時代以降、禁止されていた「仇討ち」が合法的に認められるかどうか、それが決まる日でした。何故一度禁止されていた制度が復活するのかといえば、理由は色々あるのですが、一つとして、増えすぎた人口と情報の流れ。その情報を有効に扱う「頭のよさそうな人」が大量に育ってきたおかげで、裁判による第三者による様々な案件の決定が非常に困難になってきたことが挙げられます。すべての案件でどちらが勝っても、負けた方がありとあらゆる理由を考え追加裁判になる状態になってしまいました。  そんな裁判過多な状態を緩和するために、やったらやり返す、いわゆる仇討ちを解禁することで、もう、個人同士で解決してくれよ、というのが流れになります。  顔を洗って、歯を磨き、パンをトースターで焼いて食べる、そのルーチンを何回繰り返したのかなぁ、なんてことを考えながら、クローゼットから勝負スーツである紺のスーツと赤いネクタイを締めて、家を出ました。  仇討ち解禁について、世間の評価は今のところ、「一度開放してみて、ダメならまた元に戻せば良いのでは?」という感じでした。なので、今日の話し合いでは「期間限定解放」という事になる、っていうのが大方の見方でした。  私としては、「まぁ、どちらでも」というスタンスでしたが、私の仕えている先生は仇討ち新法賛成派なので、多分今日はやり通す覚悟で行くのでしょう。  職場に向かう途中の道で同僚の能州さんと立地さんに会いました。 一瞬今朝見た夢がフラッシュバックします。あの時隣にいた彼らは、この二人だったよな、と。 「おはよう、八尾さん」そう挨拶をしてきたのは、ダークグレーのスーツに身を包んだ能州さんでした。すらっとした身長に紳士的な雰囲気をまとわせた能州さんは、大人の男性ですら、一目置く、同じ職場で働く仲間です。 「おはよう、能州さん、立地さん」私は二人に向かい、そう挨拶を返します。 「今日もスーツがお似合いですね、八尾さん」立地さんは紫がかった明るめの赤いスーツで、すれ違う人がほとんど振り返る華やかさを持った女性です。 「いやいや、立地さんには到底」と片手を左右に振り、断りを入れます。 「お互い、先生達は今日が大事な日ですからね、私達も気合をサポートしていかないとね」と、私は二人と並んで歩き始めます。 「そうねぇ、私としては、先生達が忙しいのは構わないけど、私のプライベートタイムが削られなければそれでよかったんですけどねぇ」そう話す立地さんはいつも色々なことに興味を持って、面白そうなことには徹底的に研究をしてその道を究めてしまうタイプ。今は確かボディラインを保つためにヨガを追求していたような話をしていました。 「そうですね。プライベートは大事ですからね」能州さんが相槌を打ちます。「そういえば、お二人はボジョレーヌーボーには興味がおありでしたね。今年のものは出来が良いですよ。ぜひ、今晩、お二人とも、私と一緒にいかがですか?」そう話をつづけた能州さんはワインへの造詣が深く、現地に買い付けにまで行く行動力のあるタイプでした。 「それは是非頂きたいですね」 「私も能州さんのおすすめするワインは、ぜひご相伴したいですわ」  そんな話をしながら、3人で事務所に入っていきました。  新しい仇討ち制度は、大方の世論の予想通り、期限付きで来年よりスタートすることになりました。  その晩、能州さんの家に集まった三人は、それぞれ持ち寄ったおつまみを食べながら、今年のボジョレーヌーボーを頂きました。軽い雑談を交わした後、話は仇討ち制度についての今後について移っていきました。 「さて、今回はどこに加担しますか?」そう私が切り出しました。 「そうねぇ、私としては今後発展的に「楽しく」なる方がいいわ」そう話す立地さん。 「発展的楽しい方向ですか、それでは成功多めの方が、どんどん発展していく可能性が高いですね」と能州さんが引き継ぎました。 「決闘があちこちで起こるイメージなんですかね。拳銃が流行っていた頃の米国のような」私は映画でよく流れていた西部劇のようなイメージを思い浮かべました。 「そうねぇ、向かい合っての決闘は熱くなるものがあるわねぇ」妖艶な笑みを浮かべながらそう話す立地さん。まるで見てきたかのようです。 「私もちょっと人類は賢くなりすぎたような感がするので、原始的闘争にもう一度立ち返るのも良いかもしれませんね」ダンディな声で能州さんが言うと、かなり説得力があります。  私は話を引き継いで、 「じゃ、今回は仇討ち成功多め、で行きましょうか?」  二人が頷いたのを見て、私は持っていたワインを飲み干しました。  仇討ちが解禁になった、1月1日。最初に仇討ちを開始したのは、凶悪殺人犯に身内を殺されてしまった人たちでした。  この流れはまぁ、世間の人も「そうだろうなぁ」という事で取られることが多かったようで、凶悪殺人者にはあまり同情も集まらず、当初心配されていた仇討ちの連鎖は起こりませんでした。  仇討ち成功のニュースを見ながら、朝のルーチンをこなし、今日も仕事に向かいます。  いつも通りに能州さんと立地さんと合流、自然に、今朝のニュースについての話になりました。 「最初の仇討ちは、まぁ、想定通りになりましたね」と私が切り出しました。 「そうですね、世間的にも臨んだ“勧善懲悪”的な流れでよかったのかもしれませんね」そう能州さんが返すと、立地さんが、 「私はもっと激しい決闘をイメージしていたんだけれども、あれはちょっと地味だったわね」と感想を告げました。 「まぁ、手探りで、色々な仇討ちが始まっていきますよ。で、お二人はどこまで協力されたのですか?」  そう私が質問をすると、能州さんと立地さんはお互いに目配せしてから、 「まぁ、今回は多少、逃げ続ける凶悪犯が被害者の関係者の方へ目に付くように誘導したこと位ですかね」 「私も少しだけ、情報操作をしたくらいだわ」  なるほど、と私は了解しました。そういった裏での情報操作、人身操作については二人の能力があれば問題は全くない事は永い付き合いで分かっていました。 「もし、何かありましたら、なんでも言っていただければ、昼間の事は私に任せてもらえれば、大丈夫ですよ」 「そうですね、私達が闇の世界で困ったことがありましたら、ご相談いたしますよ」 「その時はよろしくお願いしますわ」  仇討ち解禁後最初の頃は被害者感情を和らげる方向で進んでいました。おかげで裁判に携わっていた私達の仕事は以前のような細かい案件から解放され、より重大と思える案件に取り掛かれるようになったのは良かったのですが、私達以外の部署は大いに忙しくなってしまったようです。  というのも、今回の仇討ちの対象となったのは、「権利」の侵害による報復が多くなったことでした。例えば著作権侵害による仇討ち。自分の描いた絵が無断転載されたから仇討ちで相手の情報を暴露することで敵討ちとかが始まりました。そしてその情報を暴露された側がさらに相手の情報をさらし、さらにその相手の情報をさらしていくという、永遠のループが開始してしまいました。  仇討ちは届け出制であったのですが、あまりにも大量の案件によって行政はパンクしてしまいました。なので、仇討ち届けだけ出していきなり、本人同士の一騎打ちがあちこちで始まってしまいました。  3月に入り、徐々に春めいてきた季節になりました。自宅の目の前にある公園では、梅の花が咲き始め、梅の香りがこの界隈を穏やかに包んでいました。私はこの国の春が好きです。  今朝のニュースのトップでは、「仇討ち決闘が国内で加速、行政対応が追い付かず」が話題になっており、仇討ちを恐れて毒の無いコメントしか言えなくなった穏やかコメンテーターが由々しき事態になってしまったというようなことを話していました。  いつも通りに出勤し、職場へ向かう駅のホームから反対側のホームを眺めていると、40代くらいの男性がいきなり、隣の20代くらいの若い男性に「いつも俺の事を見て笑っていただろう!」と言いながらポケットからナイフを取り出し腰だめに構えて体当たりしていました。男性二人の体が重なり、若い方の男性が「へ?」という顔をしながら崩れ落ちていくのを見ていました。 周りにいた人たちは大声を出すことなく、ホームに入ってきた電車に乗り込んでいきました。電車が移動した後にホームに残っていた二人の男性。一人はホームに横たわったまま動きません。肩で息をしているナイフを持ったままの男性に向かって駅員が2,3人がかりで「俺たちの仕事増やしやがって!」と言いながら、殴る蹴るの暴行をしています。  こちら側のホームにいる人たちはスマホで写真を撮ることも無く、「日常の風景」といった感じで何の感情の発露も無く、ホームに入ってきた電車に乗り込んで行きます。  私もその流れに乗って電車に乗りました。  電車から降り事務所への道を歩き出すと、いつも通り、能州さんと立地さんと合流しました。 「おはようございます、八尾さん」 「ごきげんよう、八尾さん」 いつも通りに美男美女の組み合わせだなぁ、とのんびり考えながら、 「これはこれは、能州さん、立地さん」 三人並んで職場に向かいます。 「先ほど、駅のホームであっという間の仇討ちがありましたよ。でも、周りの人たちは目もくれていませんでしたね」と私は先ほど見た状況を話しました。 「そうですね、もう仇討ち、決闘は日常の景色になってしまったという事ですかね」 「人類は適応能力が高いという事が証明されてしまいましたわね」 「お二人はどの程度関与されています?」 「最初の頃程ではないね、というより、最近は全く手を入れていないといった方が良いかな」 「権利関係の情報操作はそこそこしたわよ」  なるほど。情報だけ動いていて、後決めたのは人間たち、っていう事ですか。  このまま仇討ちが加速していくと、どうなるのかなぁってぼんやり思いながら職場への道を歩き始めました。  その後、私の考えた以上に仇討ちは一気に加速していきました。最初は個人対個人だった仇討ちが、徐々に規模が大きくなり、家庭と家庭、街と街、国と国。貧困にあえぐ小国が軍事大国の領空侵犯が切っ掛けで地域紛争が開始してしまいました。  6月に入り目の前の公園ではアジサイの花が咲き始めました。季節は梅雨に入りどんより曇り空の日が多くなってきました。  いつもの朝のニュースでは、緊張が高まっている世界情勢を心配するニュースが流れていました。最初は大国が圧倒して戦争終了となる見方が大方だったが、今やなりふり構わず抵抗している小国が、細菌兵器を使うかもしれないといった危険性が高まってきた、と告げていました。  あらあら、と思っていたところ、緊急ニュース速報が流れました。 「小国による報復が現実に、大国の首都に大量の細菌兵器テロが行われました」  やっぱりね、と諦めながら仕事に行きます。  3か月前は公共交通機関が全うに動いていましたが、今のこの国ではいつどこで仇討ちが始まるかわからなくなってきているため、そのリスクを避けるため、自家用車での通勤が当たり前になってきました。  私もその例にもれず、職場まで車で通勤します。 職場のそばの駐車場に車を止めたところで、同じく車で通勤するようになった能州さんと立地さんと一緒になりました。 「おはようございます、能州さん、立地さん」 「おはよう、八尾さん」 「ご機嫌麗しゅう、八尾さん」 「緊急ニュース見ましたよ、ついに細菌兵器、使ってしまいましたね」 「私の研究成果は見事に達成されたわ、人間だけに反応して、二次感染の無いの無いやつ。以前のペストの時には色々大変だったわ」 「そうですね、あの時は私も協力しましたが、ちょっと復活するまで大変でしたね」  確かに立地さんの研究は色々な効果を発生させますが、能州さんの瞳による威圧感で多くの人を従わせていたのも事実です。人によっては魔眼とも呼んでいるようですが。 「今回は私が少し強めに話をしてみたら、あっという間にあの国の首相は兵器の使用を決断されましたね」  地球の反対側で、今さっきニュースになったばかりの話なのですが、お二人は今普通に仕事に向かおうとしています。どんな移動手段を使っているのでしょうね。 「そうですか、いつも色々大変ですね。お疲れ様です」労いの言葉を私はかけました。 「そんなことないですわ、私はいつでも研究と実験を繰り返せれば、満足ですわ」 「私は、ちょっと停滞していた両国の関係を後ろからそっと押しただけですから」  そんな話をしつつ、職場に到着しました。 「今日の研究成果の影響はさっそく私達の職場にも出そうですね」そう言う私に、 「ここからが今回の人類の判断が試されるタイミングですからね」 「どうなるか、楽しみですわ」  首都を狙われた国とは同盟関係なので、この国もこのままではいられないはず。仕事が忙しくなりそうな気がして、ちょっと気が重くなりながらも、今回の人類の判断は、さて、と思っている私がいました。  今朝の緊急ニュースから、私たちの国の状況も大きく変化していきます。自国を守るはずの兵隊を海外に派兵することが決定。仇討ちを取ることになりました。  そのまま世界中の国を巻き込んでの、大仇討ちが実行されました。 仇討ち解禁から半年もしないうちに第三次世界大戦が勃発。その結果、核ミサイルの雨が世界中に降り注ぐことになりました。  そして6月末。ふっと昨年視た夢があったことを思い出しました。あぁ、そう言えば、予知夢を見るという事をしばらく思い出していなかったなぁ、と、ぼんやり目の前の景色を見ながら考えていました。  真っ赤に染まった空。雲一つなくなった赤の景色の中で動くものが一つ。 煙を吐きながら突き進んでいく飛翔体。多分あれは隣の国から我が国へ打たれた核兵器だな。  目の前真っ黒になって広がる眼下の都市。弾道ミサイルでおおよその拠点を破壊された後、最後のとどめ的な一発が飛んできています。  私は、そんな世界を見ながら、予知夢の通りだと改めて思いつつ、今回はずいぶん派手に悪意が対立したなぁ、と独り言を言いながら、ちょっと肩をすくめました。  隣で同じく空を見ていた能州さんが、 「我々の想定を上回る勢いで、こうなりましたね。いやはや」そう言いながら肩についていた埃を払っています。いつでも落ち着いて冷静冷徹な能州・ノスフェラトゥ。 「ヨガを究める前に、ヨガの大家がいなくなってしまったわ、いやねぇ」と赤いスーツの裾を直しているのは研究に打ち込むのがライフワークの立地・リッチ。 「まあ、今回はいい教訓になりましたね」と話を継ぐのは八尾・八百比丘尼の私。  壊れては始まる世界を見るのは何回目だろう。永遠の命がある私達三人は、永い時間を過ごしていく中でたまたま一緒になった仲でした。 「次回はもう少し慎重に進めることにしましょう。ブドウ畑の再建が大変になってしまったし」そう言って先に歩き出した能州さん。 「そうね、私の研究所も燃えてなくなってしまったし」そう言って能州さんについていく立地さん。 「今度は仇討ち無しの世界で行きますか」  そう言って、これが何回目の再スタートかな、と思いつつ三人で生き残っているだろう人類を探すことにしました。  永遠の時間を生きる私達にとって、やり直しはちょっとした節目でしかないのですから。
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