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中に入った人がそのまま消えたとか、夜な夜なうめき声がするとか、腐臭の混じった煙が登っているとか。
更には屋敷の門に百足が張っていた、禍々しい柄の蛇が出てきたと、どうしようもないことまで語られる始末。
根も葉もない悪口であることは間違いがなく、空蝉に対する悪意が透けて見えた。
景樹は車の横を付き従って歩いた。
静かに進行する朝の中、車輪の回る音だけが時を刻んでいた。
御簾に遮られ、空蝉の姿は見えない。
声ひとつ、息遣いひとつ感じられず、景樹は急に不安になる。
そういえば、庭ではあんなに鳴いていた烏や雀の鳴き声も今は全くしない。
沈んでいっている心地だ。
深い湖の底へ、底へと。
貴族の邸宅が並ぶ区画を北に進んでいくと、道を遮って大きな川が現れた。
清流がどうどうと吠えている。
遠くに白く霞む山があり、どうやらそこから流れてきているらしい。
左右を見渡すと、筋から向こう岸へと渡す形で、いくつか橋が並んでいた。
どれも川面から円を描くように造られていて、欄干は丹色である。
ごとん、と車がゆっくり登っていく。
車体が斜めに傾き、中の空蝉がどんな姿勢になっているのかが気になった。
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