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千景は心外とばかりに立ち上がり、襷を投げ捨てた。
「さっきからなんなんだよ!」
「お使いもまともに出来ないのです。駄犬で充分ですよ」
「うるせえ!帰る!」
「このまま帰れるとお思いで?不法侵入及び不敬罪で、検非違使の詰所に放り出しますよ」
どちらが大人で、どちらが子供なのか。
哀しい舌戦の最中、黙って聞いていた空蝉が手を打ち鳴らした。
「まあまあ、葵くん」
乾いた音と、この場にそぐわぬ明るい調子の声に、2人は空蝉を振り仰いだ。
「検非違使より先に、まずは道源様のところへ参りましょう」
「はぁ!?ずりぃぞ、汚ねえ!」
千景が喚く。
それに対し、空蝉はおっとりと頬に手を当て、芍薬の花のような初々しさでもって、目を伏せた。
「道源様のこと。余程のことがあって、私を頼りにしておられるのでしょう。それを叶えて差し上げられないのは、孫娘としても非常に堪えがたいことです。ですから、事の仔細をお話して、直接お伺いした方が良いと思うのです」
葵の顔がぱっと輝いた。
「そうですね!早速行って参ります!」
「お願い、できるかしら」
「おい、待て!」
ここに来て、千景が初めて焦りを滲ませた。
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