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かげはよく似合うね、と空蝉は目をそらした。 番の雀が、葵の蒔いた粟の実を啄んでいる。 景樹は唐突に走り出したい思いに駈られたが、着物がそれを許さなかった。 もう一度盗み見る。 淡いうなじの輪郭と、柔らかな後れ毛が、景樹を落ち着かせない。 いくら男の格好をさせても、空蝉はどうしようもなく女なのだ。 朝廷とは阿呆の集まりなのだろうか。 いくら表向きは女が入れないからといって。 その後は牛車が迎えに来て、御所へと向かった。 本来、貴族は自分の邸宅に車を持っているらしいが、空蝉にはない。 そもそも厩を管理する下男がいないのである。 大体側仕えが1人というのがおかしな話なのだ。 普通は下男下女から始まり、女房やら乳母やらその子供など、めだかの群れもびっくりの人数が、屋敷に住み込みで仕える。 というのは葵の談で、他がどうなのか景樹は知らない。 では人を雇えば良いとも思うが、そも空蝉に仕えてくれる人がいないのだという。 それは空蝉の身体の事情もあるが、屋敷についた異名にもある。 「呪詛屋敷」 誰が呼び始めたのか、空蝉の邸宅は貴族の間でそう呼ばれている。
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