3人が本棚に入れています
本棚に追加
邂逅
公式のSNSはないが、読者が作ったコミュニティがある。
ときどき炎上が起こるので休刊になるのだ。
一郎は「MRロイチ」という名前でログインしている。
『あなたは真面目ですか』という記事について記述がないか探してみた。
だが特に情報はなかった。
変わった見出しだったので、特別な思いがあるのかもしれないし何かを伝えようとしている気がしたのだ。
ため息を一つついた。
もう一度散歩がてら、昼食を買いに行く。
近くのスーパーで弁当を買ってくると、リビングで広げた。
殺風景な部屋の真ん中で、独り黙々とノリ弁を頬張る。
テレビも音楽もつけず、何となく疲れた心をだらりとさせていたかった。
ふと自分の手を見る。
赤く、少し火照ったように感じる。
変わり映えしない室内で、赤い手だけが生命力を持って動いていた。
肌寒さを感じて、上着を羽織った。
その時も、赤いままだった。
記事の一節が、脳裏をよぎった。
「あなたは真面目ですか」
「真面目」とは何だろう。
学生のときは、優等生を揶揄して使っていた。
「あいつは真面目だなあ」
と誉め言葉で言ったとしても、「面白みがない奴」と言っているように聞こえる。
じっと手を見つめる。
大学を卒業してから、事務系の仕事を真面目にこなしてきたつもりだ。
そもそも、不真面目だったら楽な道に落ちぶれているはずである。
ぼんやりとして、雑誌を読みふけっていた。
ふと、足元が冷えてきて目を上げた。
視界の縁に人影が見えた気がして庭に目をやる。
「ん、気のせいかな」
ちょっと目が疲れたので遠くを見ようと、窓辺に近づいた。
太陽の光が足元を照らす。
暖かさに気持も和らいだ。
キンモクセイ、ケヤキ、ツツジなどが植えられ、土の上には枯葉がちらほらと落ちている。
地面を照らす日光を、木のシルエットが遮り狭い庭に奥行きを感じさせた。
外を覗き込むと左手に玄関が見え、ポストがある。
そこに若い女性が立っていた。
小脇にチラシの束を抱えて、困った様子でポストをいじっていた。
「ああ。チラシ、受け取りますよ」
チラシ配りのお姉さんだった。
再び庭に入ってきて、一郎にチラシの束を差し出した。
後ろに束ねた髪が長く、前髪をきれいに切りそろえている。
ジャージにトレーナーといういで立ちだが、若さが輝いて見えた。
「ポストがいっぱいで、無理に押し込むとグシャグシャニなってしまうと思いまして。
チャイムを押そうかと考えていました」
広告チラシなど、どうせゴミ箱直行なのだと思ってずっとほったらかしだった。
「そうか。
ジャンク・ジャーナルもポストに入らなくて、立てかけてあったんだった」
ポツリと呟いた一郎の言葉に、彼女はハッとした顔を向けた。
「ジャンク・ジャーナル、読んでるんですか」
最初のコメントを投稿しよう!