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月曜日は、また赤く光の速さで
月曜日、いつものように出社して書類の山と格闘し経理の入力作業を続ける。
デスクに座ると、いつなるかわからない電話を横目でにらみ、窓口に人の気配がないか反対側の視界の隅にときどき確認する。
ほとんど一年中こんな仕事を続けているが、必死に食らいついて先輩方の足を引っ張らないようにやっている。
配属されてから5年間も良く続けたものだと思う。
周囲からの評判もいい。
ミスが少ないし、頼まれたらすぐにやる姿勢が買われているのだろう。
電話が鳴り、できるだけ口数少なく要点だけを聞き出すように自分の中で定型化したセリフを早口で繰り出す。
こちらが早口で要点だけを言うと、相手もそれに合わせようと努力する。
個人差はあるが、人間は瞬間的に相手の意図を感じ取り、合わせようとする傾向がある。
体で覚えたソーシャルスキルの秘術を尽くし、最高の満足感を与えながらⅠ秒でも短く電話を切るのだ。
心情に寄り添ったワードを瞬時に見極め、声の笑顔で斬って落とす。
右手の電話を摑んだ途端に、プロのサービススタッフと化し全力で最適解を導き出す。
電話のコードはねじれ続け、始めからあったうねりがさらに回転軸を作り出し、横にせり出したコブのような出っ張りが1つ2つと増えていく。
コードはなぜ、一方向にねじれ続けるのだろう。
というより、いまどきコード付きの電話が使われていることも疑問だ。
頻繁に電話を取りながらデスクワークをするのだから、ヘッドセットにして欲しい。
そんなボヤキも、刹那の出来事になる。
気持は昂り続け、いつしか光の速さになる。
デキる自分に満足感はあるが、全力疾走して走り切った先に自宅でグッタリする ひととき が、待っているのみだ。
通勤電車の中では、ほとんど目を閉じて慢性的な眼精疲労と疲れた意識をできるだけ鎮めて過ごす。
これを 単調な毎日 と呼ぶのだろうか。
チャンバラのように無我夢中で四方八方の敵を切り倒し、白刃を受けて地に堕とす。
泉のように湧いて出る敵は、いつも予測不可能な振る舞いをする。
目の前の風景とは対照的に。
目に映るのは単調な日常と言っていいだろう。
しかし、意識に飛び込んで来る者は 千変万化 である。
クレームに対しては、とにかく聞き役に回る。
カメが甲羅に入ったように、頑として自己を消し相手に喋らせる。
何も意図せず、努力せず、とにかく引き出す。
最速で事態を収束させるには、自分を無にするのが最善である。
余計なことは、一切合切捨ててきた。
「俺は真面目だ」
心から叫んだ。
心の中で。
自分に言い聞かせるように、手のひらを見た。
やはりまだ赤い。
火照る体は仕事を最善の方法で右から左へと、移動させてきた証である。
全然遊ばないし、酒も煙草も飲まない吸わないし、そんな暇もない。
金は貯まる一方だし、世間に後ろめたいことなど一つもない。
だが、だが、真面目ってなんだよ。
心にずっと引っかかったままだ。
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