天狗狩り

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 十二月二日。十七時。新大阪駅のロータリーで立っているマムシの前に、黒いBMWが停まった。後部座席の窓が少し開き、乗れ、と声がした。スモークガラスで声の主は見えなかったが、事前に知らされていた車が待ち合わせ場所に現れたのだから、依頼主の黒沢であることは間違いない。マムシは車道側の後部座席の扉まで回って、乗った。  車は勢いよく走り出し、国道四二三号線を北上する。 「お久しぶりです」最初に口を開いたのはマムシだった。「お元気でしたか」  黒沢が元気かどうか、マムシは全く関心がなかったが、再会した相手には毎回聞くようにしている。雑談の取っ掛かりとして、使いやすい質問なのだ。相手に気遣いができて、スムーズに会話を始められる、仕事道具として便利な質問だった。それを知ってか知らずか、黒沢は面白くなさそうな顔で、ぼちぼちやな、と答えた。 「いつぶりや、半年ぶりか」 「前は南港でしたね。あれから変わったことはありましたか」 「ないな。食って寝て女抱く、これの繰り返しや」 「羨ましいです」マムシは軽快に笑った。 「俺はあんたが羨ましいわ。組織におらんからな。下の面倒見んでええやろ」 「いやいや、こう見えて、色々と大変ですよ。黒沢さんこそ、組のトップにいて、左団扇で困ることなんてないんじゃないですか」 「アホ抜かせ。舎弟食わすのでいっぱいいっぱいやわ」黒沢は鼻で笑った。  舎弟を食わすなんて、よく言えたもんだ。舎弟に食わしてもらっている、の間違いだろう。  ヤクザは基本的に個人事業主だ。舎弟に組の代紋を渡し、彼らはその代紋を使って縄張りを取り仕切る。どんなシノギで稼ぐかは、組員の腕次第だ。そして稼いだ金を組に上納する。  舎弟が他の組の人間とトラブルを起こした時に、組長同士が組の面子をかけて解決することを手打ちと呼ぶ。この手打ちが組長の腕の見せ所になるわけだが、黒沢はこれまでにその対応で二度失敗している。つまり、組員同士のトラブルで喧嘩両成敗とならず、黒沢の舎弟が非を認める形で終結してしまったのだ。ごますりで組長になった黒沢には、組の看板を背負う胆力が足りない、とマムシは思っていた。  黒沢はダークスーツの内ポケットから四枚の写真を取り出し、マムシに渡した。 「この中のひとりが、今日のターゲットや。先月うちの舎弟を三人殺った犯人やと見てる。今からこいつらと集まって会食をするんや」 「犯人だと思う根拠は何ですか」 「二年前、こいつらに組の隠れアジトの場所を言ったんや。話の流れで、仕方なくな。その後、舎弟が殺された。他にも場所を知ってるやつが数人おったけど、調べたらみんなアリバイがあった」 「なるほど」舎弟が殺されるきっかけを組長が作ってしまったのか。組長失格だ。  マムシは四枚の写真に目を通した。二十代の落ち着いた雰囲気の男、年齢不詳のヒッピー風な男、四十代くらいの僧侶、髪の毛が乱れた初老の男――。 「四人とも、ヤクザを殺せそうな人間には見えないですね。四人はどこかの組員ですか」 「ヤクザちゃう。若いのがデイトレーダー、遊び人に見える男が弁護士、ハゲが僧侶、ジジイが中学の数学教師や」 「みんな、職業バラバラですね。黒沢さんがヤクザの組長で、そんな五人が集まって会食するんですか」 「そうや。まぁ食事はおまけでな、本当の目的はオークションなんや。それぞれが裏のルートを使って手に入れた珍しい品物を出しおうて、競売する。もともと趣味で参加しとったんや」 「ということは、全員裏の仕事があるわけですね」 「みんな何かしらヤバいことをやっとる。でもなかなか尻尾を掴まさへん。わかってるのは数学教師のジジイだけや。こいつは教え子の母親を手籠めにするのが趣味でな、ある程度遊んだら風俗に沈めてキャッシュバックを得とる」  マムシは目を丸くした。「こんな爺さんに女を惹きつける魅力があるんですか。意外だな」 「人は見かけによらんやろ」 「そうですね。この人がそんなことをしてるようには見えない。まぁ、スーツを着て殺し屋やってる僕が言うのも変ですけど」マムシが言うと、黒沢ははっはと大きな声で笑った。  黒沢によると、このオークションの主催者は裏社会のブローカーらしい。オークションに集まるメンバーや開催時期、場所も全てブローカーが手配する。前回とメンバーが重複することが多く、その理由は住んでいる距離の近さが大きいのではないか、とのことだった。前回開催したのが約二年前で、それから期間が空いてしまったのは警察の捜査が入りそうだったからだ。しかしブローカーの手腕で疑いは晴れ、ようやくオークションが解禁となったのである。  その後、黒沢は暗殺の手筈について説明を始めた。オークションの間、マムシは黒沢の用心棒として後ろに立っていたらよいという。黒沢が会話の中で犯人を見つけ出し、わかった段階でトイレに行く。そこで黒沢はマムシのプリペイド携帯に電話を掛ける。コール一回なら若い男、二回ならヒッピー風の男、三回なら僧侶、四回は数学教師。オークションが終わり、会場を出てそれぞれが車に乗り込むタイミングでマムシが犯人の車に一緒に乗り込み、襲う。犯人を眠らせたら、車を山奥へ移動させ、乗り捨てた段階で仕事完了となる。  マムシは解せない表情で黒沢に聞いた。 「疑問なんですが、どうやって会話の中で犯人と判断するんですか」 「犯人にしかわからん言葉を投げかけて、反応を観る」 「そんな曖昧なやり方で、わかるんですか」  黒沢は目を細めた。 「俺は『ごますり』で登り詰めた男やからな。人間観察のプロや。ちょっとした目の動揺と身体の反応、声の調子で何考えてるかわかるんや」 「そうですか、凄いですね」マムシは答え、次の言葉が出てこなかった。「ごますり」という言葉が出た瞬間、少し動揺してしまったからだ。こいつも、腐ってもヤクザの組長だ。あまり侮ってはいけないな、と思った。  新大阪を出てから約三十分ほどが経っていた。車は山に入り、寺の境内で停まった。 「そういえば聞いてなかったな、今日はどうやって殺るんや」  マムシ、という名は業界の中で付けられたあだ名だ。締め技と毒を使うことから、マムシと呼ばれるようになった。 「それは企業秘密なので、言えませんね」  マムシは写真を見たときから誰が犯人だったとしても、締め技で仕事をしようと考えていた。筋肉量が少ない相手だと首を折り、マッチョな相手だと毒を使うことにしている。毒は針に仕込んであり、二百キロの体重の人間でも刺してから十秒ほどで眠りに落ちる。眠ったあとに、ゆっくりと首を締め上げるわけだが、毒針を使う場合、反撃されて自分に毒針を刺されるリスクがあるので、基本的には締め技で仕事をこなすことが多い。今日は左手首の内側に保険で毒針を忍ばせていた。 「それよりも、ここは寺ですよね。ターゲットの僧侶がここの住職だと、車に乗らないんじゃないですか」 「ハゲは別の寺の住職や。心配いらん。行くぞ」黒沢は言って、車を降りた。運転手の舎弟も車を降りる。マムシも続いて車を降りた。  駐車場を見渡すと、車が四台停まっていた。どれも外車ばかりだ。黒沢とマムシは連れ立って寺に入る。後ろで舎弟が深々とお辞儀をするのが見えた。 「いらっしゃいませ。主催の緒方です。黒沢様でございますね。お連れの方は」  緒方と名乗るこの男がブローカーだろう、とマムシは思った。 「この男はワシの用心棒や」  左様でございますか、と緒方は言い、奥の客室へ通された。  二十畳くらいの和室、中央に人の身長ほどの大きな座卓があり、座卓の奥に距離をとって二人、左右に一人ずつ男が座っていた。四人とも写真で見た顔だ。マムシは体格を観察する。全員、五秒あれば落とせると確信した。  黒沢は入り口近くに座り、マムシは黒沢の後ろに立った。 「久しぶりでんな、渡辺はん。景気はどないでっか」  話しかけられた僧侶は笑みを浮かべた。 「調子いいですよ。黒沢さんが死体を運んで来て頂いたら、もっと景気よくなるんですけどね」  黒沢は大袈裟に笑った。 「冗談キツイな、そんな、わしら毎日毎日人殺してませんて」  デイトレーダーの若い男が顔を上げる。 「月に何人くらい、消すんですか」 「そんなん決まってへんがな。必要な時に必要な人数消しますけど、殺しても金になりませんから、あまりやりとうない仕事ですわな。金田さんは殺しとは無縁でしょ」  金田は淡々と言った。 「そうでもないですよ。貸した金返さない奴とか、殺したくなりますからね」  今度はヒッピー風の弁護士が聞く。 「黒沢さん、今日は何持ってきたんですか」  黒沢は正方形の木箱を座卓に置いた。 「それはな、開けてからのお楽しみやがな。藤堂さんは、何持ってきたんでっか」 「そりゃ、開けてからのお楽しみでしょう」言って、藤堂は大声で笑った。よく通る声だ。  マムシは数学教師を横目で見た。賑やかになり始めた雰囲気の中でも、この男は、顔色一つ変えず、ただ座っている。あまり人付き合いは好きではないらしい。 「失礼します」  皆が入口に視線を向ける。襖が開き、緒方が入って来た。 「皆さん、本日はお忙しいところお集まり頂き、ありがとうございます。この烏合の会もしばらく開くことができませんでしたが、ようやく解禁となりました。今日はゆっくりとお楽しみください」  緒方が簡単な挨拶を述べると、後ろから二人の坊主が入って来た。御盆に緑茶と金つばを乗せている。マムシは自分の分が用意されてるのか気になって数を数えると、ちゃんと六人分用意されていた。  坊主が配膳を終えるのを見届けたあと、緒方が言った。「では、早速始めましょうか。紹介の順番は渡辺さんから時計回りでお願いします。渡辺さん、黒沢さん、下村さん、金田さん、藤堂さんの順番です。私は隣の部屋におりますので、品物の紹介が終わられましたらお声掛けください。では、失礼します」  品物の紹介のあとにオークションをするのだろう。緒方は言い終えると足早に部屋を出た。 「俺トリかよ」藤堂が独りごちる。 「私からですか。早速始めてもいいですかね」  渡辺は言うと、座卓の下から黒いナップザックを取り出し、ファスナーを開けた。中からバレルが三つついた銃を取り出し、座卓の上に置く。 「変な形した銃でんな」黒沢がいう。 「ただの銃ではありません。百聞は一見にしかずと言いますし、実演しますね」  渡辺はガラス瓶を取り出して、部屋の角に置いた。銃を手に持ち、照準を合わしている。 「ちょっとちょっと、この部屋でぶっ放すんでっか」黒沢が喚いた。 「弾は出ないので、安心してください。それより、ガラス瓶に注目しててください」  渡辺が銃のトリガーを引いた途端、ガラス瓶に大きなヒビが入った。 「ほう、どうやったんでっか」 「音波です」 「音って、何も聞こえまへんでしたで」 「これはピンポイントの位置に音波を届けることができる銃なんですよ」  藤堂が腕を組み、頷いている。「指向性スピーカーですね」 「そうです。指向性スピーカーをもっと強力にした銃です。名前は超指向性音波銃と言います。今は出力を最弱にしていますが、威力を最大まで上げると五メートル先の人の鼓膜を破壊できますし、近距離で使用すると脳の一部を破壊できます」 「暗殺に向いてますな」黒沢は静かに笑った。「銃弾が残らんのがええ」  暗殺を生業としているマムシからすれば、そこまで扱いやすいものに感じられなかった。まず、形状が銃であることから、人目が多い所で使うことができない。脳を破壊できる射程範囲を一メートルとすると、ターゲットと親しい関係である必要がある。あるいは、乗客の少ないバスの中で後ろの席に座るなど、使う場所が限られてくる。さらに、ターゲットの頭が動いていると使えない。この銃を使うためには、人目のつかない場所で、近距離で、ターゲットが座っているか寝ている必要がある。  夜道ですれ違いざまに首を締める方がやりやすいな、とマムシは思った。 「今日初めて言いますが、私は裏で武器商人をやってるんです。色々なで、アメリカの最新技術を使った試作品が手にはいるんですよ。細かい質問には、またあとで答えますね」  渡辺は得意満面な表情で紹介を終えた。 「いや、素晴らしいですな、わしも負けてられへん」黒沢は笑い、全員を見回した。「ほんじゃ、次、ええですか」  どうぞどうぞ、と皆が言う。 「わしが持ってきたのは、これですわ」  黒沢は木箱の蓋を開けた。箱の中身を皆に見えるように傾ける。 「天狗の目玉と、鼻です」  天狗――。こいつ、正気か。天狗なんているはずがない。  箱の中を見ると、干からびた白い球体が二つと赤黒い棒が一本入っている。 「三年程前ですかね、依頼があって、滋賀の比良山で天狗狩りをしたんですわ。その時に一体捕まえて、解体して売りさばいたんやけど、この三つが残りましたんや。まぁ正直言いますと、値段が高いから売れ残ったんですけどね」  渡辺と藤堂は目を丸くしてミイラを見ている。金田は顔を下に向け、下村は横目で黒沢の手を見ていた。 「使い道はたった一つ、漢方薬ですわ。小指の爪先ほど削って白湯で飲んでください。数年は風邪をひくことはないそうです。あと、あれの勃ちが良くなりますわ」  風邪については「そうです」と言ったくせに、勃ちについては「良くなります」と断定した。自分で試したのだろう。 「天狗は強い。専門の業者に手伝ってもらわんと捕まえることはできまへん。生半可な準備やと返り討ちに合いますから、なかなか手に入るもんやないんですよ」  渡辺は身を乗り出した。 「私、僧侶やってますが、天狗の噂は聞いたことないですね。神通力、使ってくるんですか」 「使う前に殺しましたな。先手必勝ですわ。神通力は六神通いうて、六種類の超能力がありましてな、俊敏に動いたり遠くの音を聞き分けたりしよるんですわ。不意打ちせんと、勝てまへん」 「すごいですね、一度お目にかかりたい」渡辺はにやりと笑う。  瞬間、マムシの目の前で、黒い球体が飛び上がった。顔に生温かい液体がかかる。球体はマムシの右足の側まで転がって、止まった。黒沢の見開いた目が、天井を見上げている。 「聞くに耐えん」  金田の声で、マムシは正気に返った。  金田は座卓に乗り、刀についた血をハンカチで拭っている。いつ刀を出し、振り下ろしたのか、全く気が付かなかった。 「何やっとんのや、お前」藤堂の声は震えていた。 「仇討ちじゃ。こいつが持ってきた目玉と鼻、兄者のもんや」 「兄って、お前は――」  藤堂は言葉を飲み込んだ。瞬く間に金田の鼻が伸び、肌が赤く染まったのだ。マムシの心臓は激しく拍動していた。全身から汗が吹き出しているのがわかる。震える右手で、左手首に触れた。  天狗はマムシに目をやった。「毒針か。わしには効かんぞ」 「金田さんはどこですか」渡辺は僧侶とは思えない冷たい目で、天狗を睨みつけている。「金田さんを殺したのなら、あなたは黒沢さん以下のことをしている」 「わしが化けた男は自宅で寝とる。明日になったら起きるやろ」天狗はマムシに視線を戻す。「お前もこの骸の仲間みたいやの」  やる気だ。直感でわかった。襲ってくる相手への対処法はわかっているが、こいつは人間ではない。どう動けば正解か、マムシにはわからなかった。  天狗が一歩、左足を擦り出した時、天狗の後ろに座っていた下村が、突然立ちあがった。気配に気付いた天狗が振り向くなり、下村は天狗の顔に噛み付いた。下村はそのまま天狗を座卓の上に押し倒す。左手で天狗の頭を鷲掴みにし、右手は刀を持った左手首を掴んでいる。天狗は右手で下村の腹を何度も殴り足をバタつかせているが、下村は微動だにしない。突然、バキ、と何かが割れる音がすると、下村は勢いよく頭を振り上げた。壁に赤い直線ができる。天狗は動いていない。左頭部は無くなっていた。マムシが藤堂と渡辺を見ると、二人とものけ反るようにして壁に背中をつけている。下村を見る。赤く染まった頬を膨らませている。顎が上下する度に、硬い物を咀嚼する音が鳴る。口に入ったものを飲み込むなり、吐息をついた。 「あぁ、疲れた――」  下村は畳に倒れ込んだ。  マムシは下村に対し、心から感謝した。しかし言葉が出て来ない。その様子を見てわかったのか、下村はマムシを見て、微笑みかけた。 「ええよええよ。それより、疲れたわ。ちょっと休憩しよ」  藤堂が聞く。「疲れたって、噛み付いたことに、ですか」 「違う。黒沢も言うてたけど、神通力使うやろ、こいつら。他心通っていう、他人の心を読む力があるんや。それで考えを読み取られへんように、ずっと無心でいて、たまに女のことだけ考えるようにしとったんや」 「そうですか」本気で言っているのか、という顔をしている。「でも、よう顔を噛み千切りましたね、骨ごと」 「あぁ、わしは鬼やからな。顎の力が、強い」  マムシを含め、三人は唖然とした。天狗の次は鬼か。  渡辺は下村の全身を眺めた。 「でも、身体は赤くないし、身体も華奢なままですよ」 「頭見てみ。髪の毛で隠れてわからんかもしれんけど、角生えとるわ。あと、お前らが想像するような鬼らしい姿は、殺す相手にしか見せんようにしてる」  下村は三人に見えるように、上体を起こし、頭を下げて見せた。確かに、二本の角が生えている。 「ほんまや。ありますね」と、渡辺。 「せやろ」また畳に倒れる。 「でも、なんで天狗を食ったんですか」 「勃ちを良くするためや」 「それだけの理由ですか」呆れた、と言いたげな口調だ。 「前から悩んどったんや、勃ちの悪さにな。三年前、天狗狩りに成功したやつがおると聞いて、天狗は復讐で現れると思った。それで色々調べて、天狗狩りをした黒沢が烏合の回に参加することを知った。ここに参加者として来たら、天狗と会えるかもしれんと思ったんや」  マムシは頭がくろくらした。依頼主が目の前で殺され、天狗と鬼を目の当たりにしたのだ。とりあえずこの部屋から出たい。 「だいぶ回復したわ。みんなで天狗の肉食お。今日の俺の出品物や。めちゃくちゃ新鮮やで。ここの僧侶に言うて、精進料理作ってもらえ」 「すいません、ちょっと外の空気吸ってきます」マムシは誰の返事も待たずに、部屋を出た。  駐車場に戻ると、BMWの側で舎弟がタバコを吸っていた。 「早いですね。黒沢さんはまだ中ですか」 「殺された」 「どういうことですか」舎弟は一気に険しい顔になる。 「下村いう優しいおっちゃんがおるから、全部説明してもらえ。俺は疲れた」 「このガキ調子のんなよ、お前も一緒に来い」 「一人で行け」マムシは凄んだ。「殺すぞ」  舎弟はマムシに気圧され、後ずさりした。そこで待っとけよ、と言い捨て、寺に走る。マムシはその姿を見届けもせず、坂道を下った。  後から聞いた話だが、隠れアジトを襲った犯人は、渡辺だった。新しく手に入れた武器を試したくて、アジトに侵入したそうだ。その後渡辺は黒沢組に連れ去られ、消息を絶った。  マムシは、今後暗殺のターゲットの正体が天狗や鬼だったときのために、妖怪について本格的に勉強することにした。どうやら専用の武器の調達と調査でかなりの費用がかかりそうだ。マムシは大きなため息をついた。
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