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「ふぅ~、今日もいっちょ上がり!」
樹は最後の客を送り出したあと、ドアに『CLOSE』のプレートを下げた。
「お疲れさま、樹クン。今日も終わったね」
カウンター越しに伊織が微笑んでいる。
樹もふっと笑顔を返す。
レジを閉め、帰る準備だ。
樹はオーナーの篠原に向かって申し訳なさそうに言った。
「篠原さん、明日は忙しい金曜日なのにすみません」
言われた篠原は、そんな樹に笑顔で答える。
「なんだ、水くさいな。同窓会なんだろ?遠慮無く行ってこい!」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げる樹に、今度は伊織が続けた。
「高校の創立五十周年記念パーティーなんだってね。樹クンたち以外の学年の人たちも参加するのかい?」
「はい、手紙が届いたときはどうしようかなぁと思ってたんですけど、いつもの仲間からお誘いが来たので。久しぶりに会える友達や先輩もいますし」
ふふっと伊織は笑っている。
「友達ってのはいくつになっても良いよね。会えばいつでもあの頃に戻れる気がしてさ」
懐かしそうに目を閉じる伊織を見て、篠原がガハハと笑っている。
「こういう機会があればこそ会えるってのもあるよな」
楽しんで来いよ、と篠原は笑っている。
着替え終わり、バーの裏口の扉を開けて樹と伊織は順番に外に出た。
すっかり真夜中だ。
とはいえ、まだまだ活気づいている街の中を歩く。
「樹クン、気をつけてね」
「え?いきなり何ですか」
突然振られた話題に樹は面食らった。
「ほら、同窓会ってさ、案外誘惑とか多そうじゃないの?」
「どういう意味ですか?」
伊織は樹の顔をじっと見つめて続けた。
「僕としては、樹クンが心配なだけだよ」
「……意味が分かりませんが」
樹はそう言って困った顔を伊織に向けた。
「君には汐里ちゃんという女の子がいるんだから」
「そこでどうしてしおりんの名前が出るのか理解に苦しみます」
汐里は、少し前に高校を卒業したばかり。
インテリアショップに就職し、新入社員として毎日奮闘している。
初々しい姿で働く汐里の様子を見に何度か店にも足を運んでみたが、その度に一生懸命頑張っているのが伝わってきた。
お客様に対しての真剣な向き合い方、知識を吸収しようとする姿勢、接客や包装などの技術を磨こうとする向上心。
それが、見ているだけで手に取るように分かるのだ。
汐里の高校最後のクリスマスを成り行きではあるが一緒に過ごしてから、樹の気持ちにも少し変化が見られていた。
「早くつき合っちゃいなよ?僕もう見てられないんだけど」
眉をひそめて言う伊織に向かって、樹はじっとりした目つきで答える。
「なんでそうなるんですか」
「なんでって、意地っ張りだなぁ」
拗ねた表情で唇を尖らせる伊織に、樹はスッとした表情で否定した。
「オレは何も。第一、相手は未成年ですよ。伊織さん何を言ってるんですか」
「未成年だけど、汐里ちゃんもう社会人だしさぁ」
面白がっている伊織に対し、樹は面倒くさそうだ。
「あー!もー!オレはもう行きますからね!お疲れさまでした!!」
「樹クン連れないんだから~。お疲れさまでした~」
横断歩道を渡り、樹は自分のマンションへと足早に向かった。
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