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てくてくと駅までの道を歩く。
「良かったら、また会わない?連絡先交換しようよ」
そう言ってスマホを取り出した彩花のことを樹は黙って見つめた。
「彩花さん、久しぶりに話せて楽しかったです。でもオレ」
「ほら、樹くんもスマホ出して?」
ニコニコ笑いながら彩花は続ける。
「あの、彩花さん。オレは」
「彼女いないんでしょ?私とはダメ?」
樹が返事をしないので、彩花は少し切なそうに見つめ返した。
しかし樹は困ったような表情を見せた。
そして、俯き加減に口を開いた
「また、高校生の時みたいに噂を立てられてしまいます」
「私は全然良いよ。樹くんは噂を立てられたら困るの?彼女いないのに?」
「彼女はいません、いませんが……」
目を逸らす樹に、彩花は続ける。
「どうして?私とじゃ嫌なの?」
「彩花さん、だいぶ飲んでたから酔っ払ってる」
「答えてよ」
さっぱりしているはずの彩花だったが、酔って性格が変わってしまったのだろうか。
それともこちらが本当の姿なのか。
「……好きな相手でもいるの?」
樹はその言葉に、黙って彩花の顔をただ見つめた。
そして、少し視線を下に向けた。
「ごめんなさい。オレは自分の気持ちに嘘はつけません」
その言葉に、彩花は力なく笑ってうなだれた。
「……そっか。あの頃も振り向いてもらえなくて、哀しくて……」
高校生の頃、つき合っていると噂を流したのは彩花本人だったのだ。
周りから取り囲めば樹も折れるだろうと踏んだのだが、彼は頑なにうんと頷いたりはしなかったのだった。
「今日は、数年ぶりに会えて嬉しかったんだよ?」
彩花は訴えかけるように、潤んだ瞳を樹に向ける。
「ありがとうございます。そのお気持ちだけ、いただきます」
力なく笑う樹。
彼に何を言っても無駄だと彩花は悟った。
俯いたあと、彩花は哀しい笑顔を向けて一人立ち去った。
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