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序章
夕陽が西に傾きオレンジ色の光と淡い紫の空が混じり合う。
昼か夜か曖昧になる時間、いつものように鈴音は街で一番高いビルの錆びたフェンスの上に立ち、下を見下ろす。
豆粒のような人間の集合体が家路へと急ぐように蠢いていた。
ふと鼻先に湿気たような匂いが掠める。
「どう思う?銀」
突然風が吹き上がり、不安定なフェンスの上に2メートルは超える大きな猫が現れた。
真っ白い毛をフワフワと揺らし、「のっしのっし」という形容がピッタリの歩き方で鈴音に擦り寄る。
しかしフェンスは少しも揺らぐことはない。
大きな銀鈴が猫の背中でころころと鳴った。
「゛死にかけ゛の匂いじゃ。放って置いても問題ないじゃろ」
そう言うっとぐうっと背中を反らして大きな欠伸をかいた。
「そっか」
空に視線を戻すと夕陽と反対側の空は既に色濃い紺に満ちている。
ポツリポツリと小さな光の粒を散らすように星が瞬いた。
そろそろ夜が本格的に来たらしい。
「行くよ」
鈴音の体がフワリと宙を舞う。それを猫は難なく背に受け止めると、紺紫に染まる空に駆け出した。
びゅうううと風が吹き抜け、錆びたフェンスがギギイと鳴いて揺れる。
彼らの「仕事」はまだ始まったばかりだ。
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