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藤宮冬子
藤宮冬子は男を見る目がない。
美人ではない。不細工でもない。人を見る目がない訳でもない。
ただ選ぶ男はいつだって浮気性で、相手持ちで、下手をすれば妻子持ちだ。多分冬子自身にそういった男を呼ぶ何かがあるのだろう。しかしそれが何かわからない。
そんな彼女が最近出会ったのは同い年の男だ。同窓会で出会ったのだが、学生時代ほとんど目立つこともなかった地味な彼は、大人になっても地味だった。
しかし口調が柔らかくて耳に心地よい。少しふっくらとした身体がなんだかぬいぐるみを思わせて可愛いと思った。
同窓会後から度々連絡を取り合っていて、先月遂にお付き合いが始まったばかり。
今度こそ最後の恋にしたいと思っている。
しかし彼の住んでいる土地は少し離れている為なかなか会うことは叶わなかった。
三連休を目前に「そっちに遊びにいこうかな」の吹き出しに、彼は「ごめんね。僕は休みじゃないんだ」のつれない返事だった。
土日休みではないのは知っている。何処かで食事でもと思っただけだ。でもそんな時間もないと言外に言っていた。
冬子は冷えた心を抱えながら、雨が降る暗い家路をホトホトと歩く。スマホの画面をスルリと撫でてみた。
「寂しいな」
思わず溢れた言葉が雨に溶けて落ちる。
寂しい。
寂しくて悲しい。
怒りなどは無くて、冬子の心は寂しさにひんやりと冷えるだけだ。
耳に残る彼の柔らかな声音さえも今は何だか氷のようで、思い出したくも無いのに勝手に再生されては冬子の柔らかな心臓を突き刺した。
ゴソリ。
ふと横から何か音がした。
横を見ると公園の植え込みの影に何やら蠢くものがある。野良猫だろうか。まだ小さいのかもしれない。雨に濡れて震えている。
しゃがみこんで覗くが、ソレは怯えて出てくる様子は無かった。寧ろジリジリと植え込みの奥へ奥へと後退る音が聞こえる。
「どうしよう」
何かしてあげたいが、怖がらせない方法が見つからない。
秋口の雨はとても冷たい。このままではきっと死んでしまう。
カバンを開いてゴソゴソ漁ると先程買ったばかりのタオルが出てきた。
フェイスタオルの洗い替えを先日雑巾に格下げしたのを忘れていて、慌てて買ってきたものだ。
「ニ枚組だし、一枚ぐらいあなたにあげるわ」
食べ物じゃなくてごめんね。
そう言うと植え込みのそばにそっとタオルを置く。
暫くして黒いモヤのようなものがタオルを引きずり込んだ。
ホッと息をつく。
少しでも暖が取れれば良いのだけど。
そう思った冬子の心は、先程感じていた寂しさが軽くなっていた。
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