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朝目が覚めたら洗濯機を回す。
部屋を掃除して、不足しているものはないかとチェックをし、買い物に出る。
いつもの休日のルーティン。
スマホには彼からの「本当にごめんね。今度何処かいこう」の吹き出し。
これで三回目だ。一ヶ月の間に三回もこの返信を貰ってしまった。
「大丈夫。気にしないで」と返信するが、どこか憂鬱だった。
「……私重たくないかな」
無意識に彼に会いたいと言う気持ちが溢れていて、彼の負担になっているのではないだろうか。
そう思うとなんだか不安になってしまう。
「ちょっと控えよう」
朝の挨拶とかその辺で終わらせるようにしないと。スマホの電源をそっと落とす。暗くなる画面にどこか寂しさが満ちた。
「そう言えば」
買い物袋を持ち直しながら、アパートの前の公園に目を遣る。
昨日の野良猫はどうしたのだろうか。
植え込みを注意深く覗き込むが、あの黒いモヤモヤはいない。
もしかしたら誰かに拾われたのかもしれない。
ホッとして視線を上げると、ブランコに座る男が見えた。
うねった黒髪は前髪が長くて目を隠している。背中を丸めているその姿は酷く陰気な雰囲気を醸し出していた。
しかし手足はほっそりとして長く、身長も随分高い。
素直に「勿体ないな」と思った。
小綺麗にしただけで凄くモテそうな容姿だったからだ。
いや実際モテるのかも。
手で裂いたような裾のTシャツには大きな安全ピンでとまっていて、細身の黒いジーンズは膝小僧が覗いている。
ボロボロの服装だがどこかのロック・バンドのボーカルが着ていそうな気がする。奇抜なクセにいやに似合っているのだ。
ふと彼の骨ばった手に握られた似合わないサーモンピンクに気付いたら、体が勝手に動き出した。
「あの………っ!」
彼の手には昨日野良猫にあげたはずのタオルが握られている。
彼は跳ねるように冬子を見上げた。
「それ……」
前髪で目は見えないが、彼の薄い唇が弧を描いたのがわかった。
「これをくれたの、お姉さん?」
低くて小さな声だ。コテンと首を傾げている。
「あの……野良猫に………」
彼は逆にコテンと首を傾げると薄っすらと笑った。
「猫じゃないですよ……兎です。ありがとうございました。タオルをボロボロにしてしまって……」
確かに彼の握るタオルは引きちぎれた様に破けている。
「あの子は?」
「元気になりました。もう大丈夫」
ホッと息をつく。
「あなたがあの子を?」
「ええ……まあ……」
そう言うと彼は冬子の指先に触れた。
ヒンヤリと冷たい。
しかしなぜか心の重さが軽くなった気がした。
「また明日」
囁く彼の前髪から細い三日月のような目が見えた。
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