藤宮冬子

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「また明日?」 冬子はベッドの上で首を傾げた。 昨日の青年の言葉を思い出す。 何が「また明日」なのだろうか。もうあの黒い兎の話は終わったはずなのに。 モヤモヤしたまま部屋のカーテンを引くと眩しい朝日が差し込んだ。 三連休の中日。予定は特に無し。 彼からの連絡は通常運転。夜に気遣うように「たこ焼き買った。美味しかったよ。今度一緒に食べよう」と、テーブルに載った写真が送られて来た。 マメで優しいと思う。それだけで胸が暖かくなる。 でもどこかザワつくのだ。それがどこから来るのか分からない。 「え?」 カーテンを閉めようとした瞬間、視界に掠めるように黒い影が見えた。 公園のブランコにほっそりとした黒い人影に、着替えもそこそこに思わず駆け出す。 「なに……してるの?」 「……?また明日って言いましたよ」 青年はコテンと首を傾げた。 何か警戒心とかそういうものが欠けている気がする。 冬子はトポトポと急須からお茶を注ぎながら自身を叱っていた。 青年がフルリと震えたのを見て、思わず「お茶でも飲む?」と部屋に誘ってしまったのだ。 彼は疑いもせずにニッコリと笑うと呑気に付いてきてしまった。 「俺は『ハチ』っていいます」 「私は冬子」 ハチってなんだ。偽名かよ。 と心の中で突っ込みつつ、お茶を出すと、ふうふうと湯呑を両手で掴んで冷まし始めた。 何だかやたらと仕草が可愛い。 と、突然スマホが甲高く鳴り響いた。「ちょっとごめん」冬子はそう言って電話にでると、向こうから会社の同僚が慌てたような声が聞こえる。 『休み中にごめん』 「いいけど、休日出勤?」 『ええ。この間の資料が間に合わなくて。データまとめていたんですけど、今更ミス見つけちゃて』 「どこ?」 『今送ります』 パソコンを開いて送られたメールの添付ファイルを開く。 数字の羅列を指でなぞりながらホッと息をついた。 「これ、間違えてないよ。見るとこ間違えたんじゃない?この右下の数字でしょ?大丈夫合ってるから」 『あ!本当だ。良かった〜。焦っちゃった』 「あとは?大丈夫?」 『大丈夫です。後一時間もすれば終わるので。すみませんでした』 フツっと電話が切れたところでハチの前髪に隠れた目があった気がした。 「冬子さんは頼られてるんですね」 そう言うとズズッとお茶をすする。 頼られている……とは聞こえが良いが、どうもこの性格がダメ男を呼ぶのだと以前友人から忠告を受けていた。 頼られる、甘えられる女。 確かに丁寧な仕事のお陰で上司の信頼も厚い。だがそのせいで仕事は押し付けられがちだ。要領よく帰っていく同僚を横目に遅くまで一人残業する夜は、なんだかやるせなくなる。
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