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ピロン。
今度は軽快な音がスマホから響いた。
彼からだ。
『今日はお握り』
ラップに包まれたお握りの写真が送られて来た。
彼は実家暮らしなので母親がお弁当を作ってくれるのだという。
今日は日曜日だから手抜きなのかもしれない。
「随分可愛らしい包みですね」
隣からハチが覗き込んできた。
お握りの下に恐竜柄の包みが写っている。黄色や緑、赤のポップなイラストだ。
ぽちゃっとした彼に似合いそうで思わず微笑みが溢れた。
「『きりしま ゆうた』……この方のお名前ですか?」
え?
さあっと血が下がる。
画面を見ると確かに薄く裏側から透ける反転した文字が見えた。
違う名前。
平仮名で書かれた文字は丸っこくて可愛らしい。しかし彼の文字はもっとグニャッとしていて、愛嬌はあるけど下手だった。そのことをとても気にしていた。
昨日のたこ焼きの写真を見返すと、テーブルクロスにもポップな動物の柄が入っている。
そして離れた箇所に映るのは恐竜のぬいぐるみ。写真立ても薄っすらと映り込んでいて、黒いタキシードと白いヴェールがなんとなく分かった。
ふうっと息を吐く。
「またか……」
藤宮冬子は男を見る目がない。
今日だっていつだって見る目なんかないのだ。
今まで気付かなかったといえば嘘になる。
薬指の日焼け。
時々電話で席を外すときの声音。
あの時だって、あの時だって、いつも目をそらしたのは自分自身だった。
これだけ好きになってはいけない男ばかりを選び続けたのだから、既に慣れている。
そう慣れている筈だ。
「冬子さん……」
ふと悲しげな目が前髪のカーテンの隙間から見える。
と、突然どうしようもなく呼吸が苦しくなった。
上手く息ができない。
胸が鷲掴みされたように痛い。
「泣いていいよ」
その言葉に目頭が熱くなる。
溢れて溢れて溢れ出す。
寂しさが胸に満ちた。
苦しくて苦しくて重い。
そして打ちのめされるように悲しい。
もうだめだ。
もうやめたい。
「我慢しないで」
ハチの骨ばった細く長い指が冬子の指先に触れる。
優しく、そっと、慈しむその仕草にどうしようもなくなってしまう。
どうしよう。
どうしよう。
恥ずかしい。
こんなよく知らない人の前で。
そう思うのに、涙は止まらず嗚咽が溢れる。
「よしよし」
ハチの指が不器用に冬子の背中を擦った。
その冷たい手が何故か暖かく感じる。
頭が白くなっていく、瞼が重たい、手足が痺れて動かない。
どんどん遠くなるハチの声に冬子の意識は溶けて落ちた。
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