3 彼女、出来る!  

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荒神を渡された翌日——。日曜日なので実践練習を2人でする事になった。  練習は、都内でのダゴン駆除だったので、待ち合わせは昼に赤羽公園であった。なので今日は、100均で買ったベルトの着いた布製のロッドケースに、荒神を入れて忍者の刀の様に背中に背負って、のんびりと歩いて来た。  公園に着き、ベンチに腰掛けて、待ち合わせの時間までボーと待った。待ち合わせの場所は公園の南口の前に、12時ぴったり。まだ後30分位ある。  時間になって、南口の入り口に移動して待つ。  12時過ぎて、10分が経ったが車は来なかった。休日の昼時だから、混んでいるのかも知れない。そんな事を考えていると——。  プップゥーッ! と目の前の白いバイクが、クラクションを鳴らしたので、そっちを見た。フルフェイスのライダーと目が合った。厳密にはヘルメットにシールドがあるので、目が合っているのか分からないが、多分合ってる。ライダーはまだこっちを見ている。大地は待ち合わせ前に、面倒は御免なので気が付かない振りをした。  プップッ!! またクラクションを鳴らしている。メチャクチャ関わりたくない。 「——ちょっと! 早くしてよっ!!」    聞き覚えのある声が? 山本だ。大地はいつもの車が無いか辺りを見回す。  「どこ見てんのっ!」  さっきのライダーがシールドを上げていた。中の顔が見える。それは山本であった。  「わぁっ! 山本さん!!」  「何その格好、忍者? リールと道具は?」    荒神(ロッド)は背中に背負っているが、大地は手ぶらだった。山本は小さな薄いリュックを背負い、そこから袋タイプのケースに入れられたロッド(なぶら)が突き出ている。  大地は「リールは、もうロッドに装着済みでありますっ!」と背中を見せると、ロッドケースのファスナーから、リールが剥き出しで出ていた。そして「道具は此処っす!」といつものジャージの腹の中から、昨日貰った擬人餌(マンルー)の入ったケースを見せた。  「お腹に入れたら、ケースが割れた時に、針付いてるから危ないでしょっ!? なんか小さな、ポシェットとか100均でも売ってるでしょ? 肩から掛けれる奴? それ買って来なさい」  「はいっ! 次までに買っておきます! バイク、凄い綺麗っすね! 新車っすか? こんなの持ってたんすね!」  「整備終わって、さっき納車したばっかよ。新車じゃないわ。20年以上前の中古バイク。ヤマハR1Z(アールワンゼット)。ワンオーナーで、前の持ち主が大事に乗ってくれてたからね。最後の2サイクルネイキッド。伝説のナナハンキラー、RZの魂を継ぐバイクよ」  「バイク好きだったんすねっ!?」  「別にバイクは好きじゃないわ。この子の事が好きなだけ。君は自分の欲しい物に着いて、詳しく調べたりしないの?」  「しないっす! 欲しいと思った物を、インスピレーションのまま買う! それだけっす! そもそも、そんなに欲しい物も無いっすけどねぇ」  「……そう。」そんなだから、釣りは上手くとも、知識も技術も0なのね……。  「なんすか? 急に、その哀れむような目は?」  「うううん。別に。さぁ行きましょう。タンデムシートに括り付けてあるヘルメットかぶって、多分サイズも問題無いと思うから」  「ハイッ 山本さんのお下がりっすか! ひゃっほー」  「私の頭がそんなに大きいと思う? 君の為に買って来てあげたのよ? 入社祝い」  「(山本さんの頭がデカイとは)思いませんっ! ありがとうございますっ!! 女性から初めてプレゼント貰いましたっ!」  「……。」山本はなんか嫌(や)な顔をした。  「今日は、どこに行くんですかっ?」  「前から調査以来の入ってた、八王子の廃病院よ」 ——それから、2人はバイクで八王子の廃病院へ向かった。  廃病院に着く。八王子の市街。周りに人の住む民家は在るものの、廃病院敷地内の木が生い茂り、周りとの関わりを完全に遮断している。その区画だけ別世界だ。  「こっから、病院までは歩きね?」  不法侵入を防ぐ為に、設置された鉄格子の門の前にR1Zを停めると、山本は言う。  「了解っす!」  「とっとと降りて? 君がタンデムシートに居ると降りれないから」  「えっ?」  「降りるのにバイク跨ぐ時、そこに君が居ると足が当たるでしょ? 後ろ回し蹴り食らいたい?」  「いえ」  2人がR1Zから降りていると——。軽のワンボックスカーがやって来て、横に停まった。  「ダメだよっ! 肝試しとか! こんな昼間から何やってんの!? 警察呼ぶよ!? 此処少し前にも、肝試しで来た子が、パニクって3階の窓から飛び降りて大怪我したんだから。知らないの?」  作業服を着た中年の男が、車から降りて来るなり、捲し立てるように言った。  「どちら様ですか?」  「此処の管理を任されてる者だよ!」  「はい、これ? 聞いて無いなら、此処の持ち主さんに聞いて下さい」山本は名刺を渡す。  「土地調査……、アーカム…。ああっ! 聞いてるよ! もっと団体で来ると思ってたから。それに——」 「想像より若いから? 女だから? その両方ですか?」  「……いや。すみません」  「良いです。慣れてますんで、お構いなく」そう言うと山本は門まで進む。  「あっ、鍵!?」男が言う。  門には、開錠するのにダイヤルで数字を合わせるタイプの錠前が付いていた。  「ああ、数字も伺ってます」  山本はダイヤルを合わせて鍵を開け中に入り、大地を呼ぶ。大地が入り、男が後に続こうとした時、山本はさっと門を閉めて鍵を再び掛けた。  「えっ!?」と驚く男に  「此処からは私達だけで調査します。終わったら勝手に帰りますんで」と山本は告げて先に進んだ。  「あの人はダゴンの存在を知ってるんですか?」  「知らないわ、雇われ管理人よ。私達を普通の土地調査だと思ってるし。私達への依頼って基本行政から来るのよ。末端の人達には秘密でね。現場で問題が起きて、色々調査とかしても改善が出来無いと、最終的に行政まで問題が行く。そこで、上がった報告書を見て判断して、最終的にアーカムに依頼が来るのよ。まあ大きな企業だと、ウチの事知ってて直接連絡をして来る場合もあるけど、基本普通の人達は私達をしらないわ。ダゴン(あんな)の居るの分かると、世の中ややこしくなるからね」  「確かにパニックになりますね」    廃病院の中に入ると、暫く部外者の侵入を許していた為に、荒れ放題となっていた。  一階の、侵入者達に荒らされまくった受付の、横の階段から上に登って行く。  山本は廊下を先に進みながら、大地に言う。   「まず、どこにダゴンが居るか、探さないといけない。魚もポイントがあるでしょ? ——てッ!?」  説明の途中で、もう既に後ろの大地は荒神を組んで、擬人餌(マンルー)を壁に向かい投げようとしていた。その壁には、大きな姿見(カガミ)がある。  「そんな、当てずっぽでやってもダメよ。確かに鏡ってのは、何かありそうな感じがするけど、そんなかにポイントを見つけるのは簡単じゃ——。鏡に擬人餌(マンルー)弾かれて終わりよ。もしそこなら波紋が広がるわ。だから、ダゴンが居るポイントを【波紋】て私達は言うのよ?」  「波紋て、連なった光の輪みたいのですか? あの橋桁で見た?」  「そうよ」  「じゃあ、多分ここが波紋です。——良し行くぜっ!」  「え?」  「来たぁーっ!!」  「えっ? 嘘っ!?」  大地の荒神が大きくしなっている! 釣り糸(ライン)は鏡の中に、ピンと張って伸びている。  「ぎゃーっ!! どうしよう! 何も出来ないぃっ!! このまま喰われるぅーッ!!」  目を瞑ったままの大地は、今にも鏡に引きずり込まれそうに、荒神を持ったまま身を乗り出し叫んで入る。  「バカッ!!」山本は大地の肩を強く摩(さす)る。  「ハッ!?」大地は目覚めたように目を開けて、急いでリールを巻くと10cm位のダゴンが鏡の中から引き抜かれた。  10cm位のダゴンは、床の上でピチピチと跳ねていた。  「早くそれ持って? 消えちゃうから」  「えっ?」  「ダゴンをよ!」  「はいっ!」と大地は釣り上げたダゴンを、ラインを持って掲げる。   カシャッ! 山本はそれをスマホで写真撮影した。  「俺の初ダゴンの記念すかっ!」  「違うわよ。依頼主に送るのよ。後、会社にもね。このサイズなら千円ね」  「千円っ!? 安っ!」ダゴンはそうしている内に、そのまま光り、粒子となり消滅した「ああ消えちゃった」  「釣る時は、意識を分散させないとダメよッ! 意識は、半分だけ擬人餌(マンルー)、残りはロッドを持つ自分本体に残しておかないとッ! だから目を瞑ってはダメ。目を瞑らずにやるのよ。目を瞑っちゃったら、想定外の事が身の回りで起きても対応も出来ないでしょ!」  「目を開けたまま? なんか、自然に擬人餌(マンルー)を操ろうとすると、目を瞑ってしまう……。それ、なかなか大変じゃ無いですか!?」  「だから、訓練するのよ!? 今も意識してたから、投げ込むまでは、ちゃんと現実世界側に意識はあったでしょ? 初めての時はいきなり、意識がチェンジしちゃったでしょ? そういうのを積み重ねてくのよ。じきに慣れるわ。あとドラグ調節をちゃんとして! ドラグが緩めてあれば、引っ張られても、ラインがそのまま出て行くだけで済むから。引きずられたりしないわ」  「……はい。」  「でもドラグの調節をしても、ラインが終わったら、引き込まれるからね? 意識の分散の訓練はちゃんとしないとね! 今回は小さいから良いけど、大きいダゴンの場合、下手すれば異空間(向こう側)に引きずり込まれるわよ?」  「引きずり込まれると、どうなるんですか?」  「分からないわ。帰って来た人が居ないもの」  「……。」  「だから、絶対に気を付けて。先ずは私の話を聞いてから動いて!」  「……すいません」  山本は強く怒ったものの、内心では感心していた。普通は、こんなに簡単には、ダゴンを釣る事は出来ない。しかもまぐれとはいえ、一発でポイントを当てた。有りえない事だ。  山本も最初の1匹を釣るまでに、1週間は掛かった。それでも、早い方だと言われていた。その後コツを掴み、どんどん釣れるようになったが、1匹を釣るのが難しいのだ。それをこんな簡単にやってしまうとは、センスなら大した者だけど、まぐれなら先はまだ長い。    翌日、間を置かずに、また別の場所でダゴンの駆除を山本は大地にさせた。出来るだけ、釣った時の感覚を忘れない内に、もう1匹釣り上げさせたかった。日にちを置いて、忘れてしまっては±0(プラマイゼロ)になる。ちなみに大地はちゃんと学校帰りに、100均で擬人餌(マンルー)のケースを入れる、小さな黒いポシェットを買って来た。言われた事は一応ちゃんとします。  場所は都内の廃ビルの中。  波紋の場所は、事前に山本が調べてあった。4階で何度か不思議な光を見たという報告が上がっていたので、その周辺を調べたら、直ぐに波紋は見つかった。今日は、擬人餌(マンルー)の操り方の練習がメインだ。  「現実の目を開けたまま、頭の中でもう1つ目を開けるイメージよ?」  「難しっすよ!」  「ロッドからラインを通して、擬人餌(マンルー)と自分が繋がってる感じを強く意識して? 頭の中にもう一つ擬人餌(マンルー)があって、その擬人餌(マンルー)が目を開く感じよ?」  「あっこんな感じか! なんとなく分かりました!」  「ほんとに?」  山本は訝しんだが——。  ダゴンの駆除は、あっという間に終了した。大地はサクッとまた、10cm程のダゴンを釣ってしまった。山本はそれを見て、大地は頭では理解してないが、確かに釣り方は分かっているのだと確信した。だがそれは、所謂センスという物であるから、練習は続けなければいけない。才能は磨かないと、技術として身に付かない。感覚だけでやっていると、どたんばで足をすくわれる。  「どうします? 終わっちゃいましたけど?」   「今日は此処までよ。今から、もう一箇所行くには時間が中途半端だわ。君、今日も夕飯の買い出しあるでしょ?」  「はい」  「私もちょっと用があるから」 山本は大地を送り、直ぐに帰宅する。  少し調べたい事があったのだ。ノートパソコンを開いて、アーカムのデータベースへアクセスする。入り口までは行けるが、そこからパスワードが必要になるが——。  スマホのメモ帳を山本が開く。そこには、アルファベットと数字の羅列が。それをパスワードの項目に打ち込むと、アーカムのデータベースが開いた。そこからさらに、データベース内にある機密資料へアクセスする。  あの時、キャビネットのガラスに映った、パスワードを打つ神村の指先をこっそり見ていたのだ。そして、スマホのメモ帳にそれを書き込んだ。  「……あったわ。未確認の大型ダゴン。——駆除に当たったDasser(ダサー)が、連続して行方不明になってる。引き摺り込まれたの? でも、どんなに力が強くとも、大きくとも、ADが切れなくたって、ロッドを捨てれば良いだけじゃない? なんで——? しかも全員A級レベル。だったら、機転だって効く筈——。駆除の場所が飛んでるわ。同じダゴンなら、移動してるって事ね。普通なら有りえないけど、もしアイツなら……。」   山本は深いため息を吐くと、髪を掻き上げた。  それからも、山本と大地のダゴン駆除は続いた。ほぼ毎日と言って良いくらい、ダゴンの駆除をしていた。  山本の心配をよそに、大地はコンスタントに小さいがダゴンを釣り上げた。コツも直ぐに掴み。天才! ダゴン釣りの申し子! とアーカム社内部でも話題であった。その実感が唯一無いのが大地本人だった。今までの釣りの延長でしかないので、釣れて当然であった。そんなに騒ぐ程の事でも無かった。  そんな、順調な過ぎる程順調な大地は、今日は東京支社に呼ばれていた。山本も付き添いで来ていた。  港区にある某高層ビル。玄関を潜り、山本に付いてエレベーターに乗る。  「此処支社なんすかっ!? 本社、超えてるどころじゃないでしょっ! すげぇービル!」  「此処の1フロアが東京支社。ビル全部じゃないわ。主に営業業務をしてるから、基本地方のDasser(ダサー)はあまり来ない。駆除対象が全国だから、各地の支社に散らばってる。元アーカムの本社よ」  「東京のDasser(ダサー)は此処に居るんすか?」  「釣り具(タックル)の修理依頼とか、新製品の説明会とかにしか来ないわね。まあ他の支社も別に出勤みたいなのは無いから、あまり変わらないけど。Dasser(ダサー)は現場に直行直帰が基本だからね。ちなみに東京のDasser(ダサー)は私と君を含めて、21人。東京だけじゃなく近隣の神奈川千葉埼玉も管轄よ」  「人少なく無いっすか?」  「そこまで沢山、ダゴンが居る訳じゃ無いからね。月に5件も行けば良い方よ」  「5件で生きて行けるんですか?」  「行けるわよ。大きくなると、その分手当も高くなる。50cm越えれば10万、1m越えれば3桁万円よ? それとは別に基本給もあるし。言ったでしょ?」  「3桁万円て、100万て事ですか!?」  「まあm(メートル)超えなんて、年1匹誰かが1人釣れれば良いくらいよ。そんなに、期待しない方が良いわよ? 君の場合は最初だから、そんなにヤバそうじゃ無い案件を、優先的に私の分も含めて回して貰ってんのよ?」  「えっ!? じゃあ、山本さんの取り分を俺が——」  「私は良いの。お金は二の次だからね。着いたわ、この階よ?」  23階へ着くと、フロア内に入るドアの横の、小さなインターホンの様な装置を山本は見つめる。するとドアが自動で開く。  「あっ!?」  「虹彩認証よ。瞳の中の虹彩が、社員証替わりになってるの。君も後で登録しましょう」  「目でッ!? すげー! それに比べて本社のセキュリティ緩いっすね!」  「本社は移動したてだし、基本開発室だからね。そんなに人も来ないから、事前報告しとけば神村さんが開けておいてくれるわ。その内、中も色々充実して来れば変わるでしょ」  「あっ、その子が期待のルーキー君?」   スーツを来た若い女性に声を掛けられる。  「どうも麻生さん」  「?」  「社長秘書の麻生さんよ」  「どうも! 平大地です!」  「君、入社そうそうめちゃ駆除しまくってるんだって? 社内でも、ちょっとした有名人よ? 普通は1匹釣るのだって、最初は凄い掛かるんだから」  「へへへ。いやっ、そうでも無いっすよ。小(ちっ)ちゃいのばっかです。へへへ」大地は頭を掻き、デレデレした。  「でも、なんかイメージ違うわね? なんかもっとシュッとした、ミステリアスな少年を想像してたわ。頭ボーズだし。ダサいジャージだし。へらへらしてるし。なんか調子良い感じだし。なんか売れない若手芸人みたいね?」  「やだなぁ。漫画とかアニメの見過ぎっすよ。現実なんてこんなもんすよ? へへへ」  「もう少しプライド持ってよっ!? その君と一緒に居る私も、そんな風に見られるでしょ? ——ところで、麻生さん、社長は?」  「もうずっと前から、支社長室で待ってるよ?」  「真壁さんも一緒なんですか?」    真壁は、東京支社長である。真壁志郎(まかべしろう)(56)。元大手大手飲料メーカー社長。営業職から叩き上げで、社長にまでなった腕を買われて、退任後にアーカム東京支社長として雇われた。以前、真壁の元会社の以来で、ダゴン退治をしたのが出会いの切っ掛け。    「真壁さんも、ルーキー君に会いたがってたけど、今日は社長が1人で会いたいみたいよ。私も抜き」  「え? そうなんですか? 私は?」  「勿論、悠宇那ちゃんは居ても平気よ。私の代わりに、ルーキー君を支社長室まで案内してあげて」  「……はい。分かりました」    デスクが並び、忙しなく社員が働くオフィスを抜けて『支社長室』とプレートの付けられたドアの前に——。  山本はドアをノックし「山本です」と言ってドアを開ける。  だが——。  正面の『真壁志郎 支社長』とネームプレートの置かれたデスクには誰も居なかった。   「来たわね? 新人君」  大地が声の方を見ると、横の応接セットのソファーから、1人の女性が立ち上がった。  「あの?」  「社長の三千院千景(さんぜんいんちかげ)よ」  「あっ、あの平大地です!」  「よろしく大地君。悠宇那も久しぶり」  「お久しぶりです」と山本は緊張なのか、それとも社員として分をわきまえているのか、三千院に素っ気ない様にも。冷たい様にも見える態度を取っていた。  大地はそれを見て、三千院は優しく振舞ってくれているのに、無駄に緊張した。  「ふーん。」と三千院は大地を見たが、その目は大地の顔を見てない。まるで、大地の背後にある、三千院だけに見える広大な草原でも眺めてる様な目だった。  「なっ!? なんすかっ!??」  「ちょっと、動かないでねぇ。すぐに終わるから。——ふーん。なるほどね。分かった! もう良いわ。来てくれてありがとう!」  「え!? 何かお話的なのが、あったんじゃ無いんすかっ?」  「十分君の事は分かったわ。さすが悠宇那が押すだけの事はあるわ。正直、想定外も良い所よ。キミみたいな子が居たとはね。これからも会社の為にお願いね?」  「はっ、はい! 精一杯頑張ります!」  「悠宇那。彼の虹彩登録と、一応使うか事はないと思うけど社員証も作ってあげて、それから給料の振込先とかもね。契約しただけで、その辺まだ全然でしょ?」  「はい」  三千院に挨拶して支社長室を後にした。  「口座持ってる?」と先を歩く山本が、大地に聞いた。  「ゆうちょなら」  「ゆうちょでも良いわ」  「社員証って?」  「前のカード式のヤツよ。基本無いけど、地方に応援に行く事もあるのよ。駆除が想定以上に重なった時とか、その地域のDasser(ダサー)の手に負えないダゴンが現れたりとかね。Dasser(ダサー)にも腕で階級があるの。その時、地方の支社は、まだ虹彩認証じゃ無かったりするからね。小さい所とか、潰れた農協居抜きで買い取って、そのまま使ってたりするし。新人は応援とか余程で無い限り無いけど、即戦力として認めてるのね」  「なるほど。あの? ところで、さっき社長何してたんですか? 俺の事じっと見てた。ていうか、俺の後ろ? 俺、なんの為に呼ばれたんですか? 手続きの為?」  「キミの事を見たかったのよ」  「見たい? 顔? 写真とかじゃダメだったんですか?」  「キミの顔じゃなくて、キミの背後にあるものよ。良くオーラとかテレビで言ってるでしょ? そういうのが、あの人には見えるのよ。写真とかでも良いけど、直に見た方が、本質が見えるそうよ。それで、キミはお眼鏡に叶った訳よ」   「社長は占い師?」  「まあ、そんな一面もあるかな? 特に気にしなくて良いわよ。それよさ、今日はこの後駆除は無いし、キミの家まで送るから、ちょっと釣りに行かない?」  「え? でも、セールが」  「大丈夫よ。今日の兄弟の夕飯は私が奢ってあげるから、セールに行かなくて良いわよ。その代わり私と釣りに行きましょう? 荒川でバスでも釣りましょう」  「いやでも、悪いっすよ!」  「キミの為じゃないのよ! 私がキミの釣りを見たいのよ! これも仕事よ!! 良いっ!」  「わ、分かりましたよ……。」山本の剣幕に押され良く分から無いが、大地は了承した。  「よし! 善は急げ! さっさと手続き済ましせて、買い出し行って、釣りに行きましょう! 日没までに1時間は出来るでしょ!」      手続きを済ませて、スーパーに買い出しに行って、大地の家に向かう。  「早く置いて来て! 日が暮れちゃうわ! なんで荒神持って来るのよ! いつもの普通の釣竿で良いわよ! バスなんだから!」  玄関先でR1Zに跨ったまま、山本は叫ぶ。  大地はいつもの自分のロッドと釣り具(タックル)を持ってくる。  「あれ? 山本さんロッドは? 俺だけ釣るんすか?」  「リュックに入ってる。パックロッド持って来たわ」  「パックロッド?」  「キミのその100均の釣竿と同じ、伸び縮みするやつよ。リールも、今日は君と同じスピニング。ベイトのパックロッドは持ってないから」  「100均って言わないで下さいよ! 一応、千円なんですから! しかもリールとセットでっ!! 超お得! 」  「それって、誇る所?」  「誇るとこっす! 初代、荒神バカにしないで下さい!」  玄関先で、2人がアホな会話をしていると  「——あっ、あの!? 何してるんですかっ?」  「おお、空」  帰宅した制服姿の空と出くわした。  「お兄ちゃん、この人っ!?」空は山本を見て言う。  「ああ。友達になったんだよ。」  「えっ!?」  「お互い釣り好きなんで、仲良くなったのよ? 今日は、お兄ちゃんに釣りを教えて貰うの」  「そ、そうなの?」  「ああ、まあそうだな。夕飯の買い出し終わって、テーブルの上に置いてあるから、先に喰って良いよ。荒川で釣りしてるから、何かあったら電話してくれ」  「……うん、分かった。気をつけてね?」  空は山本を見て一回会釈すると、家の中に入って行った。  「あれは疑ってるわ」  「何をですか?」  「私の事をよ。お兄ちゃんを良からぬ事に巻き込んでやしないかと、凄く心配してる目だわ。なんか、私間違えたかも? 妹さんに悪い事したわ」  「俺をDasser(ダサー)にした事ですか? だったら、それは山本さんには関係ないですよ? 最終的には、俺が決めたんですから」  「——関係無いとか言わないでよ? 友達なんでしょ?」  「え? そっすね! 悠宇那さん」  「は?」  「……山本さん。」  「ト・モ・ダ・チね」山本はカタカナで言った。  「……。」大地は気持ちを切り替えて「じゃあ、この辺でバスだと、一番近い場所だと荒川温排水ですかね?」そう提案する。  「彩湖の所の? 確かにこの辺だと、バスはあの辺か。じゃあ行きましょうか?」  「バイクで行っても、停める所無いですよ?」  「え?」  「下手に停めると地元民とトラブります」  「……地元の人に迷惑を掛けるのはBasser(バサー)関係なく、釣り人してもアウトだわ。じゃあ、なんで行くのよ?」  「俺のママチャリすっよ! 笹目橋渡れば直ぐっすよ! あっという間っすよ!」   ——という訳でR1Zを大地の家の小さな駐車場に置き、ママチャリに二人乗り(にけつ)して、荒川温排水に向かった。  「さて、じゃあ始めましょうか?」ロッドをセットし終わった山本は言う。  「良いっすよ!」大地もセット完了。  あっという間どころか、埼玉温排水まで20分以上掛かった。日没までは30分も無いだろう。だが、大地の釣りの腕の秘密を探るには、30分あれば十分だと山本は思っていた。あの釣りっぷりなら、30分で何匹釣るか想像も出来ない。十分に大地の腕は見れる。とはいえ、緩くやられては困る。本気を見てこそ意味がある。  「大地くん。勝負しましょう」  「え? だるいっす。めちゃ必死にチャリ漕いで来たし」  「なんでよ! じゃあ条件出して良いわよ? 君が勝ったら、なんか欲しい物とかある? 何でも買ってあげるわよ?」  前に物欲があまりない事は聞いていたので、山本は自分の給料内で、どうにでも出来ると思っていた。  「じゃあ、彼女が欲しいっす! 俺が勝ったら、山本さん俺の彼女になって下さい!」  「えっ」……どうしよう!? 物じゃなくて、そっちかよ……?  私はダゴンだけじゃなく、魚も色々釣る。それはダゴンフィッシングの勉強にもなるからだ。その中でもバスは得意な方だ。ただ、それでも大地くんには勝てる気がしない。でも、本気も見たい。——そうだ!  「数じゃなくて、大きさで勝負しましましょう!」  数で勝てないだろうけど、大きさなら勝てる可能性がある。大地君の釣りはメチャクチャだ。ルアーを追って来るのは、大物より小物の方が良く追って来る。つまり、大物が掛かる前に小物が釣れてしまうのだ。大物を釣るには、大物を狙って、大物狙いの釣りをしなくてはいけない。  「……。」大地からの返事はまだない。  「だめ?」  「いっすよ! 何でも」  「よし! じゃあやろう! 勝負は日没までね!」  こうして2人の対決は始まった。  夕暮れの埼玉温排水は、バス釣りの有名ポイントとあって、平日だというのにまあまあのBasser(バサー)が居る。彩湖の下流にある水路で、工場から温排水が出ているので、年間を通して水温が一定に保たれていて、ブラックバス以外の魚も多く、バス釣り以外にも釣りの良いポイントにもなっている。よって、釣り人自体も多く、魚の警戒心(プレッシャー)が高い。  ちなみに、ヘラブナ釣りの老人達も年間を通して、晴れていれば常にいる。先に来た人の、邪魔にならないようにやるのが釣りのマナーです。  山本は大地を横目で見る。  100均のプラケースに入っているルアーも、予想通り全部100均製だ。100均のルアーは多少耐久性に劣る所があっても、魚を釣るには十分な性能があるのは分かっている。その辺も、全部リサーチ済みだ。侮ってはいけない。でも——、ルアーの種類は少ない! 一番売れるスタンダードな物が多い。色も少ない。そして、何よりサイズの選択肢が無い。メタルジグやメタルバイブレーションは、多少サイズが選べるが、プラグ系はサイズも基本的に1番スタンダードな物だ。それでも大型のバスを釣る事は出来るが、その前に小さなバスが釣れてしまう。短い時間で、大物だけをピンポイントで狙うなら、大きい魚型ルアー(ビックベイト)だ! ビックベイトなら小さなバスは喰い付いてこない。でもただ大きいルアーというだけではダメだ。荒川で大型のバスが捕食してるのは——、20cm前後のボラの子供(イナ)だろう。だから、ビックベイトも20cm前後だ! ただパックロッドの耐久性では、大きく重いビックベイトを投げるのには多少不安はあるが、気を付ければ投げれない事は無い! 山本は数秒で此処までの戦略を巡らせた!    「やったー釣れた! これはデカイぞッ!」    ——が、山本がたった数秒思考している間に、大地はもう1匹目をヒットさせる……。  早すぎる!? だがどうせ、大きいと言っても30cm前後だろう? と山本は高を括ったが。  「ああ、58cmか」  「——ちょっとっ!! 嘘でしょっ!? シーバスじゃ無くて?」  山本は、100均の釣り用スケールで、釣り上げたバスのサイズを計っている大地を押しのけて見た。確かにスケールのメモリは58cmを指していたし、シーバスでは無く間違いなくブラックバスであった。  「……そんな。あと少しで60cm(ロクマル)じゃない……!? そんな大きなランカーサイズ(50cm以上のブラックバス。ロクマルは字の通り60cmのブラックバス、滅多に釣れない)のバスが荒川で釣れるなんて、聞いた事無いわよ……。精々45位じゃないの?」  「へへへ」  「何よ?」  「いえ、別に。げへへへ」大地は、山本を見てゲスい笑いをした。  「……くっ!?」ダメだペースを乱されちゃ!? 殺気が魚に伝わる。  山本はビックベイトを投げる。ビックベイトは水面にぶつかり、大きなしぶきを上げる。他の釣り人に取っては、迷惑極まり無いだろうが、平日だから釣り人が減り出して来て幸いだった。周りに人は居ない。特に問題はない。取り敢えずタダ巻きだ。  山本の使うビックベイトは、ボデイに関節(ジョイント)がある為に、ただ巻くだけでも、身体をくねらせて本物の魚と見紛う動きをする。  何回投げても、当たりはない。コンスタントに毎日釣り人が来る所為で、魚がスレているのだろう。スレた魚に大きなルアーはマイナスだ。ルアーを小さくするのが基本だが——、それでは大地には勝てない。まさかまぐれかもしれないが、数だけでなく大型魚まで釣るとは。  「やった! また来た! さっきよりデカイ!!」  「さっきより大きいって、もうロクマルしかないじゃない!? さすがに嘘でしょ! 別の魚じゃ? 鯉の口以外に針が掛かる(スレ掛かり)じゃないの!?」  魚が跳ねる。確かにブラクックバスだった。しかもさっきより確実に大きい。65cmはありそうだ。  「ひゃっほい! 巨大バスちゃんを釣りあげるぜっ!」大地は急いでリールを巻こうとする。   「あっ!? ダメよ。そんなに竿を立てちゃっ!」    ——ボキッ!  鈍い音を立てて初代荒神は真ん中から折れた。そして、ラインが緩んだその隙に、ロクマルは尾でラインを蹴って、ルアーを外すと逃げて行った。  「……ああっ!? 俺の初代荒神が……。そして、バスにも逃げられた」  「いくら柔らかいグラスロッドって言っても、竿を無理に立てすぎよ!」  「……グラ…ス?」  「そのロッドの材質! 私のカーボンロッドと違って、君のそのグラスロッドは重くて安いけど、柔らかくて折れ辛い。そして、掛かった魚も外れ辛い」  「え? でも、折れたし。バスも逃げましたが……。」  「君が無茶な取り込みしようとして、ロッドが限界を超えたのよ」  「……そんなぁ」  「まあ、日没まで君はそこで見てなさい」これで勝てる可能性が上がった!? 58cmは一筋縄でいくサイズじゃないけど、どうにか出来る可能性はある!  山本は大地の釣りの腕の秘密を探るつもりだったが、彼女になる事が掛かっているので、もうそれどころでは無くなっていた。とにかく後、日没までの後十数分の間に58cm以上のバスを釣らないと行けない!  よし! 後一回投げて、一回サイズダウンさせる。10cm弱のミノーに変えよう。いや、スピナーベイトを試してみるか?  「これなんですか? 武器ですか?」  「えっ? 今それどころじゃないんだけど?」と山本は見ると  大地が勝手に自分のリュックから、釣り道具を出していた。  「ちょっと、勝手に出さないで!」  「だってやる事無いし。これなんすか? メリケンサックっすか? 元ヤンだったんすか?」  大地はT字型で下の部分に、アイスピックの様な物の付いた道具を持っている。  「違うわよ! フィッシュピック! それで釣った魚締めるのよ! 脳締めって言ってそれを魚の脳に一気に刺す事で、苦痛も少なく殺す事が出来て、魚の新鮮味も損なわないのよ! 危ないから締まって置いて。君、なんか怪我しそうだから!」  「俺、子供っすか?」  「良いから、邪魔しないで私人生掛かってんだから!」  「へいへい。頑張って下さい」  「もうっ!」とラスト一投のビックベイトを投げる。  ビックベイトをゆっくり巻き始めて直ぐに、ロッドに重みが掛かる。  「来たっ!? かなり、大きわっ!」    ラインが勢い良く沖に向かい走る。キルキルキルキルッ! とリールのブレーキ(ドラグ)が悲鳴を上げる!   「山本さん頑張ってくださいっ!?」  「頑張ってるけど——!?」全然リールが巻けない!?「コイツなんなの? バスならメーター超えてるわよ!? シーバス? 鯉? それともソウギョ!? にしても、デカイッ!!」その時、沖に向かい思いっきり泳いでいた魚が高く跳ねた。その姿は奇怪で丸でワニの様であった。「アイツはッ!?」  「何すか、あれっ!? 魚? まさかダゴンッ!?」  「ダゴンな訳ないでしょ!? これは、普通のロッドとルアーよ! あれは、アリゲーターガーよっ!」  「なんすかそれ?」  「なんで、何も知らないのよっ!? 人間が逃したペットよ! 熱帯魚!! 最近ニュースでも良くやってるでしょ? 特定外来種よ!!」  「特定外来種!?」  「そうよっ! ぐぬぬぬっ!?」  山本はラインを伸ばし、勢い良く走るアリゲーターガーを右へ左へと操る。そうして、疲労させて、どんどんと弱らせ、段々と手元に引き寄せて来る。じきにアリゲーターガーは抵抗しなくなり、ラインに引かれるまま岸にゆっくり向かって来た。  「あっちで鯉釣ってたおじさんに、ランディングネット(網)借りて来ました!」  大地が大きなランディングネットを持って、走って来る。そして、伸縮式の柄を伸ばし、岸の直ぐ側まで寄って来ているアリゲーターガーを掬い上げた。ネットから体が半分以上出ている。  「1mは無いわね。90弱って所かしら?」  陸に上がったアリゲーターガーを見て、山本は言う。  ランディングネットを貸してくれたおじさんや、他のギャラリー達も集まって来た。  「おお、凄いの釣ったのぉ。良く、その細っこい竿で釣り上げたなぁ?」   1人のお爺さんが言った。  「コイツ、荒川の主っすよ!」  「いやいや、ワシが若い頃は、もう少し上流じゃが、潜って1mを優に超える大鯉を掴んだぞ? しかも素手じゃ。あれが主じゃ」  「嘘だぁ? さすがに素手は無理でしょ? めちゃ暴れるし?」  「分かっとらんのぉ。こうやってなぁ。着てる服とかタオルで、暴れる鯉の頭を覆っちまうんだよ」  「それで?」  「そうすると、何見えなくなって、魚は嘘のように大人しくなる。そのまま抱き上げて、陸に上げちまえば終(し)めぇよ?」  「本当にぃ?」と大地が疑った時  「おお、鯉取り名人源蔵じゃねーか? また若者に、過去の栄光を語ってんのか?」と自転車で通り掛かった、まだ別のお爺さんが言った。  こういう、釣り場を回っているお爺さんも荒川には多い。大体が同じ様な釣り人で、釣竿を出さない時に、各ポイントの釣れ具合を見て回ったりしている。  「あの? この人、本当に1m以上の鯉を素手で取ったんですか?」  「ああ。60年以上前だけどな? ワシらが、兄ちゃん位の時だよ。そんなデカイ鯉が取れたのは一回切りだけどな」  「その鯉どうしたんですか? まだ荒川に居ますか?」  「ワシらが食っちまったよ」  「……。」  「ずっとこの辺に住んでるけど、あれからあんな大きな鯉は見てないな? ハクレンなら1m位は居るだろうけど、あの鯉は1m50はあった。きっと、あれが荒川の主だったんだろうな?」  「マジなんすね。……凄いっす。」  「マジだ」と源蔵は親指を立て言って、自転車のお爺さんと帰って行った。ギャラリー達も、帰宅する為に散って行った。  「皆んな帰っちゃいましたね。——で、山本さんこれどうすんすか? まだ生きてますけど?」   「取り敢えず、警察呼んでどうにかして貰うわ」  「殺しちゃうんですか?」  「ガーは特定外来種だからね。生きたままの移動は出来ないし、その場でリリースは確か大丈夫だけど、そういうの関係なく、リリースしたの誰かに見られると面倒な事になるわ。動画を撮られて上げられたりしたら、それこそ大炎上よ。世の中、変な正義感振りかざした奴ばっかだから。それに、どうせ逃しても誰かが、またすぐ釣って駆除するわよ」  「そんな、人間が悪いのに。こいつ元々ペットでしょ?」  「そうよ人間が全部悪いのよ。ブラックバスだって、ブルーギルだって、日本人が日本に持ち込んだ癖に、害虫以下扱いなんだから。自分で来た訳でも無いのに、悪者扱いよ。それでも日本の生態系の為に、ある程度は駆除が必要なのよ。そういうのも、持ち込んだ人間の自然への責任よ」  「ええっ! じゃあ、外国の人が増えて日本人が住み辛くなったら、外国の人を牢屋にぶち込むんですか? そういう事でしょ?」  「人と魚は違うわっ!?」  「どこが違うんですか!?」   「どこがって……。」  「山本さん大人なんだから、どうにかしてくださいよ!」  「大人って——。関係ないでしょそんなの!?」  「もう良いですよっ!」と大地は、山本の荷物の中から、フィッシュピックを取った。  「えっ!? ちょっと」  ——そして、ガーの眉間にそれをズブリ! と突き立てた。  「人間の責任です。せめて持って帰って食べますよ。殺してしまえば、持って行っても問題ないんでしょ」  「……そうね。せめて、食べるか。私も付き合うわっ! ところで約束だけど……。」  「バス対決なんで、ガーパイクはノーカンですよ?」  「分かった君と付き合うわ。今から君の彼女よ」  「本当に良いんすかっ!?」  「ええ、約束だもの」  「やった! 生まれて初めて彼女が出来た!!」  「でね? あの? 大事な話があるんだけど?」  「なんすか! 結婚後の親との同居に付いてですか! 実家だと、ウチ兄弟多いっすもんね!」  「うううん。先走りすぎよ? あのね? せっかく付き合ったんだけど、……別れて。やっぱなんか違ったわ。私達もう別れましょう。これも運命ね?」   「……。」  「一回は付き合ったんだから、良いわよね? 1日で別れるカップルなんてザラだし」  「ちょっ!? 詐欺じゃないっすかっ!!」  「人聞きが悪いわね? ちゃんと約束守ったでしょ? 永久奴隷契約じゃないんだから」  「汚いっすよ! せめて1ヶ月位付き合ってくださいよ!!」  「……。分かった。良いわ。その代わり、私の同意無きゃ、手を繋ぐのもダメね。呼び捨て、名前呼びもダメ。全部私が良いって言ったらね? 恋愛って2人で育む物でしょ? 違う?」  「……そうっすね。」  大地はしっくりこなかったが、とにかく恋愛期間の1ヶ月の延命の為に要求を飲んだ。  帰り道、ママチャリのカゴに90cm弱のアリゲーターガーをぶち込んでいて目立った所為か、原付のお巡りさんに止められて2人乗りを怒られた。それから真面目に、1時間以上2人して歩いて家まで帰った。  家に帰ると風呂上がりの空に遭遇して、ガーパイクを見て悲鳴を上げられた。大地の家の小さな台所では、巨大なアリゲーターガーは入り切れず、風呂場に捌く場所を移動した。  包丁では鱗が固すぎて通らずに、亡き父の日曜大工の道具の中からノコギリを引っ張り出して来て、硬い甲冑のような鱗をなんとか切り、やっとこさ肉まで辿り着いた。いささかその光景は、脱衣場から見ていた空に言わせると、魚を捌くと言うより、まるで○体の解体作業の様だったと言う。  「さて、山本さん身は捌けましたけど、どうしますか?」  二枚の巨大な肉片が出来た。白に近いピンクの身は、まるでチキンの様だ。  「焼く?」  「塩焼きですか? うーん。なんか、味気ないな。あっそうだ! 唐揚げ粉がありますよ! あれまぶして上げるだけですし。鶏肉みたいだから、美味しいんじゃないですか?」  「唐揚げ——。うん。悪く無いわ。そうしましょう。唐揚げなら作り方さえ間違えなきゃ、どんなお肉でも美味しいし、簡単だしね! 川魚特有の臭いも気にならなくなる!」  ——という事で、そこそこの大きさを残し、切り分け(デカイ肉を喰うという面白みの為)、唐揚げ粉をまぶして、ガンガン肉を揚げた。すると、あの見た目からは、想像できない美味そうな香ばしい匂いが台所に広がる。  テーブルの上の大皿に、山盛りの唐揚。それを挟むように、向かい合い座る2人。その間には、空が座る。  こぶし大の唐揚げを目の前にすると、今までノリノリだった2人も思わず尻込みした。揚げたてホクホクの美味しそうな唐揚げであっても、その量と一個体の大きさは一種狂気地味ていた。  「さあ、食べますか……?」  「ええ。い、命を頂きましょう……。」山本の声が震えている。  「……これ食べるの?」空は顔を強張らせて言った。  「……喰うさ。」  「……食べるわ。」  2人は同時に唐揚げの山に箸を伸ばす。岩石の様な唐揚げを取り、同時にせーの! で口に運ぶ。  「美味いっ!」  「美味しいっ!」  2人の声は揃う。   「少しパサついているけど、鶏肉って感じね? 魚らしさは無いわ」  「そうすっね! 全然喰える! 夕飯喰ってないから、余計美味いっす!」  「ちょっと、火の通り甘いかもね? もう少し揚げても良かったかも?」  「俺はこれくらいでちょうど良いっす! これ以上揚げたらパサパサで美味しくなくなるでしょ?」  「まあ、そうね。ちょっとだけ、ミディアムレアって感じか?」   「兄ちゃん、唐揚げ喰ってんのか?」  今で兄弟とテレビを見ていた、三男の太陽が台所を覗きに来た。  「なんだ? お前も喰うか? 太陽」  「ダメよっ! 食べちゃっ!」空はそれを止めた。風呂場のあの参事を見た後では、弟にあれを食べさせる訳にはいかない。  空の心配をよそに  「要らないよ。さっき晩御飯食べたばかりだし」と太陽は、テレビの続きを見に居間に帰って行った。  それから2人は、暫くは美味しく食べていたが、その量は中々2人掛でも簡単には食べ切らなかった。それでも、最後は喉の奥に押し込むようにして全て食べた。  「やっと……、食べ終わったわ!? ……ふう。」  「やり遂げた感、半端ないっす!」  「……凄いね2人とも」空は感心していたが、その声は半分呆れている。  「私、もう帰るわ? 少し長居しすぎた。えっと——?」  「妹の空です」  「自己紹介遅れたね。私は山本悠宇那」  「山本さんは、お幾つ何ですか?」  「私は——。うっ!?」  「どうしたんですか?」  「なんか、急にお腹が……。」山本は腹部を抑える。  「どうしたんですかっ!?」  その時、      ——バタンッ!  何かが倒れる音が……。 空が音のした方を振り返ると  「お兄ちゃん!」 床に大地が倒れこんでいた。  ——バタンッ!  「山本さん!?」  続いて山本も倒れた。  2人とも唸っているばかりで、どうする事も出来ない。  「どうしようっ!? そうだ! 救急車っ!?」  山本には、そう慌てふためく空の声が遠くに聞こえ、そして段々その声も聞こえなくなった。  —————————————————————————————静寂。    「——ハッ 見知らぬ天井!?」  気付くと山本は明るい部屋の中で、ベットに寝かされていた。腕には点滴が——!? 何じゃこりゃぁ! どうして、私……!?  「ああ! 良かった気が付いてっ!?」  そう言ったのは、ベットの横の椅子に座る空だった。  「あれ? 私……。どうして?」  「急性食中毒です! 丸一日寝てましたよ?」  「えっ!?」……ああそうか。荒川で釣ったアリゲーターガーを常温で1時間以上持って歩いたからか? 唐揚げも、少しレアだったしな……。  「そうだ! 大地くんは!?」  「隣の部屋で爆睡してます」  「空ちゃんずっと居てくれたの?」  「いえ、学校帰りです」  確かに空は制服を着ていた。空の中学は、今時中々珍しい正統派のセーラー服だった。  「今、何時?」  「16時半くらいです」  「ヤバイ!? 帰らなきゃ!」  山本は勝手に点滴を引っこ抜いて飛び起きる。  「あっ、ちょっと!」  「あっそうだ。治療代っ! 財布っ! 私のリュックはっ!?」  「家です。急いでたんで——」  「お金も保険証も入れたまんまだ! そうだスマホ!?」ジーンズのポケットを弄る「あった! モバイルスイカが使える! よしっ! ——ごめん! 治療費明日返すから立て替えといて! R1Zも、もう1日置いておいて!」  「はいっ! ——あっ、あのっ!?」  「必ず明日返すね!」  山本を急いで病室を出て行った。    山本が自宅であるマンションに帰宅し、玄関を見ると見覚えのある黒いヒールが一足あった。  「社長来てるんですか?」  「病院の方、麻生がお金払って置いたから平気よ?」  「……。私の後でも着けてるんですか?」  「たまたまよ。私の知り合いが、あそこで医者やってるから連絡くれたのよ。あなたが運ばれて来たって」  「そうですか。ご迷惑お掛けしました。治療費の方は、給料から天引きして置いてください」  「どうして、2人の時にそんな喋り方なの……。」  「社長が決めた事じゃ無いですか?」  「……。ここ最近、ずっとあの彼と行動してるみたいだけど、彼の腕の秘密を探っても無駄よ?」  「どういう意味ですかっ!? 私には、大地君みたいな腕は無いという事ですか!?」  「あなただけじゃ無いわ。全てのDasser(ダサー)は彼の様にはなれない。彼の釣りは全然違うのよ」  「全然違う? どういう事ですか?」  「彼を見た時に、見えたわ。彼は普通の釣り人が、一生に一度しか得る事が出来ない物を、常に手に入れている」  「一生に一度しか、得る事が出来ない物?」  「——ビギナーズラックよ。彼は持って生まれた強運で、常にビギナーズラックを起こしてるのよ。彼は生まれ持った、異常な程の強運の持ち主よ。それが彼の釣りの腕の秘密」  「ハァ!? ビギナーズラックって——」と山本は思わず笑ってしまう。  「冗談じゃ無いのよ。ビギナーズラックってのは、技術でも知識でも無い。完全に運のみで構成されている。理屈じゃ無い。同じ仕掛けで、同じ餌、同じ場所に並んで釣っても、入れ食いの人間と、全く釣れない(ボース)の人間が出る時がある。それは、理屈じゃ無い。確実に運。運を味方に付けれるかの差。運は努力では手に入らない物よ。ただ、そういう運は誰にでも、一生に一度くらいはある。それがビギナーズラック。でも彼は、それを毎回手に入れてる。もはや、釣りが上手い下手の問題じゃ無いの」  「……。」  「彼は生まれ持って、巨大な運を持っていた。でも運は確率論。普通は良い事ばかりは置きない。良い事と悪い事が、同じだけ起きる。普通は確率なんだから、運は減って行く物。それを彼は、自ら補ってる。彼は、お父さんが亡くなってから、ずっと兄弟の犠牲になって来た。自分が損をする事で、運を手に入れてる。その運を家族の為にまた使ってる。強運を持って生まれたという事は、運の収まるキャパも大きいって事——。良い事も悪い事も、生涯では同じ数だけ起きる。でも、その量が人により違う。彼は強運を持って生まれ、運を詰め込むキャパも化け物並、そして、それを常にチャージしまくってる。それが私が見た彼の力の秘密よ。彼の力の発動の切っ掛けは、多分お父さんの死ね。お父さんを失ったショックが、彼の力を目覚めさせた。いや、家族を守る為に覚醒したのかもね」  「それでも、私は——!?」山本は、下唇をぎゅっと噛み締めた。  「アーカムのデータベースにアクセスしたわね? アクセスすれば、記録が残るんだから、IPで直ぐにバレるわよ」  「謎の大型ダゴン。あれって、アイツなのっ!?」  「分からないわ。姿はまだ確認出来てないない」  「今、現れてるダゴンが同じモノなら、移動してるって事でしょ? ダゴンは、普通は自分のテリトリーから動かない。テリトリーはそんなに広いものじゃ無い」  「同じモノなのか? 移動しているのか? は、分からないわ。可能性はなく無い。それだけ。何一つ、分かっていないの。ただ、1つだけ確実なのは、あれはあなたの手には負えないわ! 少なくとも、今のあなたには無理よ! 諦めなさいっ!!」  「それでも、私はアイツを駆除しないといけないのよっ!」  「とにかく、ダメよ。今のあなたの手には負えないわ。データベースのパスワードは変えておく。あなたがアクセスしたのはアーカムの機密情報だけど、今回は不問にしてあげる。だからもう、あれの事は忘れなさい!」  「……。」
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