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関西某所——。とある城跡。
城跡と言っても、山の中にある小高い丘の様な場所で、唯一の城であった名残は、良く見れば分かる苔むした石垣くらいである。
アーカムのA級Dasser(ダサー)、精鋭5名。そして、それを補佐するスタッフは32名。その32名の中には、神村や研究室のスタッフ。そして、社長の三千院まで居た。三千院はなぜか巫女の格好をしている。そして、城跡の上では護摩が炊かれていた。その光景だけなら、まるでこれから祈祷でも始まる様だ?
「私が扉を開き、此方に引き寄せる。後は、皆んな頼むわよっ!」
護摩の激しい炎の前に歩み出た三千院は、強い口調でそう言って、大麻(おおぬさ)を振るいまさに祈祷を始める。すると空中に光の渦が出来始めて、それが段々と巨大になって行く。
「波紋というより、もはや鳴門海峡の渦潮だな?」神村が天を見上げ言った。
ダゴンの潜む場所に、擬人餌(マンルー)を投げ込むと、空中に連なる光の輪の様な波紋が現れる。
擬人餌(マンルー)が、この世界と異空間の間の壁を破った時に出来る、目に見える衝撃波の様な物だ。その衝撃波の見た目から『波紋』とアーカムでは呼んだ。今回のは波紋というより、巨大過ぎてもはや台風の目の様であった。
「今よっ!」三千院が叫ぶ。
「よしっ! 行くぞっ!?」
A級Dasser(ダサー) 茂山武雄(65)はそう声を上げて、太いベイトロッドを大きくしならせて振り被る。一際大きく作られた特注の擬人餌(マンルー)が宙を舞う。人の赤ん坊くらいある。擬人餌(マンルー)は、そのまま城跡上空の渦の中心に消えた。
武雄は釣り好きの祖父の影響で、1歳で初めて釣竿を握ってから、60年以上釣りばかりをして来た。アーカムでは最古参のDasser(ダサー)である。老齢ながら、慎重185cm体重110kg、ダゴンを釣る為だけに鍛え抜かれた体には、強靭な筋肉が搭載されている。彼は1m以上の大型ダゴン専門のDasser(ダサー)だ。アーカムで一番巨大なダゴンを釣った男だ。その大きさ2.8m。ロッド名はΠΟΣΕΙΔΩΝ(ポセイドン)。まさにアーカムに置いての彼の存在そのものである。ちなみにニックネームは海皇(かいおう)だ。
武雄は擬人餌(マンルー)とADラインを通して、渦の向こうの様子を探るが
「おかしい。気配は感じるのに見えない? 少し動かして見るか——? 擬人餌(マンルー)がデカ過ぎるから、上手くアクション出来るか——、」と、その時、擬人餌(マンルー)を通して武雄に物凄い衝撃が伝わった「グワッ!」と思わず声が漏れる。
突然ラインが走り、ロッドが大きくしなる。
「後かッ! 気配を消して、後ろから一気に距離を詰めて喰い付きやがった。もう何も見えねえ!? 丸呑みにしてる。あのデカイ擬人餌(マンルー)を一飲みにしやがった!!」
武雄は喰い付かれると同時に、意識の配分を変える。今は擬人餌(マンルー)では無く、釣り上げる方に9割意識を載せる。大型の横巻き式リール(ベイトリール)を力いっぱい巻くが、ビクともしない。
全く動かない様に思えたが、じきに少しずつだが動き出す。
基本ダゴンとの戦いは、釣りという性質上、対1になる。だが、今回のダゴンは1人では手に余る。1人が擬人餌(マンルー)でダゴンを掛けて、異空間の入り口近くまで引き寄せる。
それに向かい、神村が新しく開発した発射式の銛(もり)を残りのA級Dasser(ダサー) 4人が打ち込む。
ベースとなったのは鯨漁で使われる捕鯨砲である。
捕鯨砲はロープの付いた銛を、火薬でミサイルの様に鯨に向けて打ち出す、発射式の銛だ。神村が開発した発射式の銛は、そのロープと銛に、擬人餌(マンルー)やADラインと同じにDasser(ダサー)の髪から生成した繊維が織り込まれている。火薬の力で、異空間に突入させた後は、その勢いのまま擬人餌(マンルー)を操る様に、ダゴンに向かわせる。なので、仮として今はダゴン砲と呼んでいる。ダゴン砲の実験は何度も繰り返したが、実践は今回が初になる。
「もう直ぐ側まで来るぞ!」武雄は言う。
今回は1人のDasser(ダサー)が、擬人餌(マンルー)でダゴンを釣り上げるのではなく、複数のDasser(ダサー)が釣れたダゴンに銛を打ち込み、その力で引き抜く。なので、銛を火薬でダゴンに打ち込むという作業の為に、出来るだけダゴンを渦の側に寄せなくてはいけない。あくまで4人のDasser(ダサー)発射後の銛の飛ぶ方向のコントロールをするだけで、強靭な大型ダゴンの身体に銛を打ち込むのは火薬の力なのだ。
「来たっ! 今だっ!!」という武雄の声に
「発射っ!」三千院が挙げた手を下ろし、号令を掛ける。
火薬の爆発音と一緒に、一斉に銛は渦の中へと飛んで行く。銛の刺さった姿こそ見えないが、渦の向こうで手応えがあったのをDasser(ダサー)達は感じた。その証拠に銛に繋がったロープが、ピンと張って動いていない。向こうの何かに刺さっているのは確かだ!?
「早くロープを巻き上げて! どうしたのっ!?」
三千院は4人のDasser(ダサー)の様子に戸惑う。
銛を打ち込んだまでは作戦通りだったのに、その後がおかしい。渦の中心一点を見つめて、呆けた様になっている。
その時——、
「どうしたんだっ!? 手を離せっ!? 茂山さんのラインを切るんだっ!」神村が叫んだ。
武雄がロッドを持ったまま、渦の中にクレーンで吊り上げられる様に、引き上げられて行く。スタッフの1人が武雄に駆け寄る!?
「ダメです! 届きませんっ!」空中の武雄の足を掴もうとしたスタッフが言った。
武雄はそのまま渦の中に消えて行く。絶望的な光景だった。
「なんなのどういう事っ!? 神村くん!」
「……精神攻撃っ!? 銛のロープを急いで切れ、切れないなら力ずくでDasser(ダサー)をダゴン砲から離せっ!」神村が命令する。
スタッフ総出で、なんとか4人のDasser(ダサー)とダゴン砲を切り離す。だが4人とも気を失って、そのまま倒れ込んでしまう。
1人のスタッフが、ダゴン砲に触れようとした時
「触るなっ! ダゴン砲には触るなっ!」神村が叫んだ。
その後直ぐ、ペッペッと吐き出される様に、4本の銛が渦から飛び出て来た。そして、渦は急速に縮まって消えた。
「精神攻撃って、どういう事なのっ!?」三千院が神村に聞く。
「Dasser(ダサー)の意識と擬人餌(マンルー)を繋ぐADラインを使って、Dasser(ダサー)の精神に直接攻撃して来たんだ!? そうとしか考えられない」
「……そんな事が出来るの!?」
「でもこれで1つ謎が解けたな? 今まで行方不明のDasser(ダサー)も、ああやって引き摺り込まれたんだろう。普通に考えて、どんなに力が強くとも、ラインを切るか、最悪ロッドを捨てれば良いだけだからな。あんな事が出来るんじゃ、これからは1人での駆除は控えた方が良いな。——問題は、彼奴をこれからどうするかだ?」
「もう私の力で、彼奴を引き寄せるのは難しかもね? やってはみるけど。警戒されたわ。——いや、もしかすると、こっちの企みも全部知った上で、来たのかもしれない。行動に余裕があった。全部知ってる様な感じだった。だとしたら、かなり頭が良いわ」
「そりゃ当然だ。奴らは、俺達よりも、遥かに高次元に居る存在だったんだからな」
こうして、某日秘密裏に行われた謎の大型ダゴンの駆除計画は、1人の尊い犠牲を出し完全に失敗に終わった。
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