十夢君、留年す。

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「いらっしゃい、樹里ちゃん」  カウンター越しにオーナーの男が声をかける。 「和兎さーん! 聞いてぇ」  甘えた声を出した姉が、顔の前で手を合わせ拝むポーズをした。 (大袈裟な……。神様かよ)  俺はそれをシラけて見ていた。  でも、他にも居た女性客の二人組は、樹里の大袈裟なポーズをなんとも思ってないみたい。ゆったりとおしゃべりしながらハーブティーを口に運んでいる。 (もしかして、この店ではこの男の神様扱いはデフォなのか?)  この男に心配事を相談するのは日常茶飯事みたいで、誰も驚いたり奇異な目で見たりしない。  びっくりしている俺だけが、ここでは異邦人だ。  ここの経営者兼アロマセラピストの稲葉和兎さんは、カウンターから出てきて、 「何かあったの?」  と尋ねた。  不精髭というのかな。短い顎髭が男臭さを醸し出している。それであまり身なりに構ってないのかと思いきや、そうでもないようだ。長めの前髪は幾重にも重なって目元にかかっている。それに対して髪全体は短め。仕事のために袖を肘までまくったオーガニックコットンシャツに、ラフなカーゴパンツ。どこか雑さを感じるけど、全部計算されたものだ。ワイルドさが加わることで、この人の爽やかさを引き立てている。  そして、わざわざカウンターを出て来て、近付き過ぎず嫌じゃない距離を保ってのこの優しい笑顔。  この気遣い、ただものじゃない。  樹里が通うのも無理はない。   (この人、もてるんだろうな)  働く女性は、アロマと和兎さんの笑顔に癒しを求めて、このオアシスにやってくると思われた。
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