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赤い唐辛子
”もうそろそろやばいな・・・・・・”
左太腿は拳銃で打ち抜かれ、左右の横腹は長刃物で刺されている。辛うじて動く右手で左横腹を触るとそこからは血液がドバドバと噴き出して止まらない。
”血液って温かいな、 ・・・これってやっぱ死ぬのかな?”
──
──
父が3年前に他界したあと、母は父と暮らしていた実家で一人となり、糠床に漬けられて最後まで残ったナスビのような暮らしをしていた。
私はと言うと、脱サラしたあと実家の近くに買った中古マンションに引き籠って芸術活動をしていたのだが、父親が死んだ後も変わることなく蓑虫のような暮らしを続けている。
ある朝、朝食を食べながらテレビ画面に映る下世話な情報番組を見ていると、一人暮らしの老人が謎の集団に押し入られて殺され、あまつさえ金品まで強奪されてしまった。──そんな内容のニュースを見てしまった。
ふと、母親の顔が過ったので電話をかけてみたのだが繋がらず、心配が徐々に加速していき、いたたまれなくなってしまった。
そこで様子を見に行く為に実家に向かったのだが、足早に歩いたせいか15分かかる道のりを8分で到着してしまった。
厳密には実家からほんの少し離れた駐車場の壁に到着した。
なぜ実家に入らず覗き見するかのような姿で壁にへばりついているのかと言うと、白いタンクトップを着た屈強な筋肉を見せつけている男が二人、実家の門の前でウロチョロしていたからだ。
こんな所で覗いていても埒が明かない事は重々承知だが、あの男たちが襲い掛かってくる可能性が無きにしも非ずなので十分すぎるシュミレーションをする事にした。
”くそっ! 何度やっても勝ち目が見えないな。・・・腹も減ったし行くかな”
私は一念発起して玉砕覚悟で実家の方にスタスタと歩いていった。
「何者だ!」
”それはこっちのセリフだ!”
案の定筋肉男の一人が私を拘束しようとしてきた。もう一人の筋肉男はナイフで私を威嚇する。
人の実家の玄関前で理不尽にも好き勝手に行動する害虫に対して、私はかつて無いほどの怒りが込み上げてしまいキレてしまった。
衝動的に10センチ四角程度のコンクリートブロックを花壇から拾い、ナイフを持つ筋肉男のこめかみめがけて力いっぱいに殴ってしまった。
するとナイフを持った筋肉男のこめかみからは大量の血吹雪が吹き出してそのまま倒れてピクピクと痙攣して動かなくなってしまった。
「芸術家を舐めるなよ!!」
私は興奮状態で声を荒立てた。
もう一人の筋肉男は動かなくなった筋肉男を見て腰を抜かしてしまったようで、私の足元でアワアワ言っている。なので胸ぐらを掴む事は容易だった。
「おいお前、──お前も殴られたいか!」
「いえ、殴られたくないです」
何だか筋肉に似合わず気弱な奴のようだ。
「お前ら何者だ?」
「我々は、弱者から財産を没収する神の使徒教団の者です」
「・・・私をからかってるのか?」
「からかってないです」
「適当な宗教名を名乗りやがって、バカにしてるだろ!」
「バカになどしていないですよ、本当にそういう宗教団体なんですって」
「お前の仲間は何人いるんだ? 言わないとお前も殴るからな」
・・・・・・
「わわわ、我々に手を出すと、後で後悔するぞ!」
強がるためのマニュアルでもあるのだろう。こんな拍子抜けな虚勢を張られても私には通じない。
”棒読みで強がりやがって”
私はイライラがMAXに達してしまい掴んでいたコンクリートブロックで二人目の筋肉男の脳天も殴ってしまった。すると、まるで子供向けのアニメに出てくるクジラの汐吹みたいにピュ~っと血が噴き出して横に倒れてしまった。
”冷静に考えると、これって少しやばかったかな。でもこいつらから仕掛けてきた事だし正当防衛だよな?”
私は二つの死体を横目に見ながら玄関に向かい恐る恐る扉を開いた。すると今度は中年のハゲオヤジが家の中から掴みかかってきた。私は無我夢中で家の中に押し込み、廊下に倒して首を絞めた。ハゲオヤジはのたうち回った後、しばらくしてから息が途絶えてしまった。
”こいつら他人の家で好き勝手に死にやがって!”
私はハゲオヤジを跨いで廊下を歩きリビングに向かった。
廊下の半分の地点、浴室と書斎の扉が向かい合う所で、両方の扉が同時に開き二人の若い傾奇者がそれぞれ飛び出してきた。そしてギェ~ っと叫びながら長刃物で私の腹の左右両方向から斜め上にえぐりるように刺してきた。
「うっ!」
「ぐえっ!」
「がはっ! こいつらは・・・ウプ・・・アホか」
勢いよく私の腹を刺した刀が貫通して対岸の差し手の心臓を貫き二人とも即死してしまった。
「全くやってくれるぜ。廊下が死体だらけじゃないか」
・・・・・・
”母さん生きてるかな”
私はリビングに入る手前で歩くことがつらくなり、壁にもたれてへたり込んでしまった。そして左右の腹に刺さった長刃物を引き抜くとドクドクと血液が漏れてきた。
”どうして宗教団体の信者が長刃物とか持ってるんだ!”
”何だか寒くなってきたな、・・・まだ秋だと言うのに真冬のようだ”
”血液って温かいな、 ・・・これってやっぱ死ぬのかな?”
そんな感傷にふけっていると、いたぶるかのような銃声がして、弾丸が私の左太腿に撃ち込まれた。
「おいおいおい、お前何やってくれてんだ!」
黒いサングラスにチョビ髭を生やしたいかにも悪そうなやつが死に絶えた母親を引きずって私の前に現れた。
「手下を皆殺しにしやがって、どうすんだよ!」
「しるか!」
「あぁ~ん! 黙れクソガキ」
”ガキじゃないけどな”
「ほらよ、お前の母ちゃんだ! どうだ、肉親が殺された気分は、あぁ~っん!」
”理不尽な奴だな、まいっちゃうよ”
そして私の前に跪き私の左頬に銃口をあてた。
「オラァ! オラァ! オラァ~! 気分はどうなんだよ! アァ~っ!」
私はこいつに応える義務は無いし殺される筋合いも無いので自分から抜き取った長刃物をチョビ髭の喉に刺し込んだ。
「グエッ・・・ イキナ・ゲホゲホ・リ・ゲホ・カヨ」
「人間はな、いつかは死ぬけどな、寿命を全うして死ぬのと他人に殺されるのとではぜんぜん全く違うんだよ! だから母さんに謝れ!」
「・・・オマ・ユウ」
チョビ髭の言葉は少ししか聞き取れなかったが、言いたいことはよく分かる。自分でも叫んでいて言ってる事がおかしいのは分かっていた。
ようするに、お前も俺を殺してるだろ! と言いたかったのだろう。
チョビ髭からサングラスが落ちて可愛い目が露わになった。そして目を見開いたまま死に絶えてしまった。
・・・・・・
それから数分間、私は気を失っていたようで、気が付いたら廊下には母親を含めた5体の死体が転がっていた。
”夢じゃないようだな”
私は最後の力を振り絞って二つの死体を乗り越えて母親の死体を玄関まで引きずって運んだ。玄関には母親が趣味でやっていたルナ・フローラのバラの花が生けてあったのでせめてもの手向けとして花の前に亡骸を寝かせた。
「あ~あ なんだかな~」
その位置から廊下を眺めると雑に転がっている死体が目に入ってしまった。
このバラバラに死体が転がっている状態はアライメント主義を提唱する私としては許せない光景だ。
私は母親の横に私が横になるスペースを作り、そこから左側に1メートル間隔でハゲオヤジ、傾奇者二人とチョビ髭の順で均等に並べた。
母親と私は玄関付近に横たわるので足が伸ばせるのだが、他の死体は廊下の横幅が1メートルしか無いのでどうしてもくの字になる。
だが廊下の構造を変えることはできないのでこれは仕方ないことだと納得した。時間があれば足を切り離して綺麗に並べるのだが、自分の寿命も尽きかけているので並べるだけで精一杯だ。
そして私も私のスペースに横になり瞼を閉じた。
”私は芸術家なのでせめてこの光景、この血の海とそこに転がる死体のオブジェ達の為に作品名を付けなければない”
”・・・人参達と血の池地獄”
”ん~ 血の池と言わしめるには今ひとつかな、やはり大量の血液で廊下を満たしたかったよな~”
「ピンポ~ン」
「宅配っス・・・ アレ?留守かな?」
玄関に設置してあるモニターに緑の帽子をかぶった若者の姿が映った。
”やっと第一発見者の登場だな”
「すんませ~ん 何だか表に死体が二つ転がっているっスけどドッキリっスかね~?」
”なかなか動じない若者のようだ。この状況で警察に連絡もせず勝手に扉を開けて家の中を覗き見るなんてなかなかできる事ではない”
「うっわ! こっちにも死体がいる」
「いや、私はまだ死んでいないのだけど」
「あ! 生きている?」
「ああ、生きてるぞ」
・・・・・・
「宅配っスけどサインしてよ、おっちゃん」
「いや、ちょっと無理かな」
「それじゃ俺が書くっス」
「自由にしてくれ」
「荷物はここに置いとくっスよ」
「・・・宅配の君、荷物の中身は何なのか分かるかい?」
「え、あ~ 唐辛子粉が30キロと書いてあるっス、めっちゃ重いっスよ」
”唐辛子粉か・・・ 母さんラー油でも作る気だったのかな?”
「君、すまないがここに並んでいる母と私とその他の死体の上からその唐辛子の粉を満遍なく振り掛けてくれないかい!」
「どこに死体が並んでるって? ──うっわ! 廊下の奥にも死体が沢山あるじゃないっスか! しかも所々血の池地獄」
”ナイス血の池地獄”
「君もそお思うかい?」
「え~っと、・・・何が?」
「いや、血の池地獄と今言っただろ」
「ああ、咄嗟にそんなこと口走ったっスけど血の池と言うより水溜りっスかね~」
「そうか、そうか、ゲホゲホ、君もやはり物足りないと思うかい?」
「まあそおっスね、全体的に赤さが足りない感じっスかね」
「ゲボッ! どうも・・・みんなの出血具合が悪くてね、もう少し廊下が血の海になるかと思ったのだけど予想に反して出なかったんだよ。だから唐辛子の粉で赤さを足したいんだゴボッ!ゴボッ! ・・・ハハ、口の中も血だらけだな」
「おっちゃんそれ以上喋らない方がいいんじゃないっスか?」
「時間が無いからね」
「おっちゃんはどうしてそこまで拘わるんだ?」
「そんなこと決まってるじゃないか」
「決まっているって何が?」
「それは私が芸術家だからだよ」
・・・・・・
「ふ~ん。わかったっス。いいっスよ。振り掛けるっス」
「ありがとう。それじゃ一つ忠告するけど」
「なに?」
「ゆっくり振り撒かないと目や鼻に入ったら痛いから注意が必要だよ。あとやり終わったらちゃんと手を洗えよ。粉が付いた手で目を擦ったりしたらそれこそ地獄だからな」
「大丈夫っス、花粉症用のゴーグルも有るしマスクも2枚持っきているっスから2重にすれば問題ないっスよ。あと手もちゃんと洗うっス」
「満遍なく撒いてくれよ、この作品の良し悪しは君にかかっているのだから」
「了解っス」
「玄関に置いてある水撒き用の柄杓を使ってくれ」
「この柄杓っスね、では撒っス」
”素直な若者で良かった”
「ハハハハハ、めっちゃ楽しいっス、舞え、舞え、ハハハハハハ」
”若者は無邪気でいいよな”
宅配の若者が唐辛子の粉を撒散らかすその様は紅葉したニシキギの葉が風で舞い散るかのようだった。
”・・・ああ、・・・ここまでかな、・・・色々と頭の中をよみがえるけど、これが走馬灯が回っている感じなのかな?”
「おっちゃん、これってちょっと重労働っスよ。バイト代でももらわないと割が合わないっス。靴下も血でびちょびちょだし、この後裸足で荷物配らないといけないから困るっスよ・・・、なあ、おっちゃん、聞いてるっスか?」
私は瞼を閉じて完成した血の池地獄を想像した。
”・・・我が人生に悔い無し・・・だな”
「おっちゃん? え? もしかして死んじゃったっスか?」
・・・・・・
「ご愁傷様」
「おっちゃんも成仏するっスよ」
「それにしても壮絶な光景っスね〜」
「これがおっちゃんの望んだ芸術作品っスよね」
「おっちゃんナイスっス」
「それじゃ俺は次の配達に行くっスよ」
・・・・・・
「あれ? これってもしかして写真でも撮るシチュエーションっスかね?」
「絶対にそうっスよね~」
「こんな時の為に20万円もするスマホを買ったんだし、役に立ってもらうっつス」
「ではでは」
パシャ、
「この真っ赤な感じってほんと芸術的っスよね~」
パシャ、パシャ、
「ってか、もしかして俺が芸術家?」
パシャ、パシャ、パシャ、
「やっぱそうっすよね~ この唐辛子の粉は俺が撒いたわけだし俺って才能があるっスよね~」
パシャ、パシャ、
「ヨシ! 早速写真を投稿っと」
「タイトルは~ ──凛とした赤に染まる抜け殻たち」
・・・・・・
「お~ 一瞬でいいねが付いたっス」
「しかもこんなに沢山」
「こいつら絶対にやらせ写真かCGだと思ってるっスよ」
「ハハハ、やらせにしてもひどい、とか、画像加工するなよ! とかそんなコメントばかりっスね」
「やらせじゃね~ 今日の夜のニュースに期待!と、こんなコメントでいいっすかね~」
「これだから写真の投稿はやめられないっスよね~」
「さてさて行くっスかね」
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母上様へ
あの惨劇の中、生きながらえたみたいで何よりです。チョビ髭が母上様を引きずって来た時、どう見ても生きているようには見えなかったので死んでいるものと思っておりました。
私に至りましては、魂が人体から離れて上昇する一瞬に俯瞰的に見えた我が作品に満足しております。
あれほど赤に染まった作品は私以外の人間には作る事が出来なかった事でしょう。
ではでは、短い文面で申し訳ございませんがこの辺で私は次のステップに移りたいと思います。
さようなら。
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斜光が無理やり入ってくる病室で、どこで投函されのか謎な手紙を懐に抱き、老婆がゆっくり瞼を閉じた。
「作品って何の事かしら?」
1羽のヒヨドリが甲高い鳴き声を発しながら飛んでいく。
「・・・・・・死んだ後も意味不明な息子だったわね」
おわり
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