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それに、気がかりなことが一つあった。もうすぐ結婚してから一月近く経過する。それなのに、ルークには訪れないのだ。 発情期が。 「お前、そんな無防備に歩き回ってて大丈夫なのか」 「無防備? ちゃんと虫除けのアロマを焚いてるけど」 「そうじゃない! 発情期だよ。もうすぐなんじゃないのか?」 「あー……」 成人したオメガは、月に一度の頻度で発情期が訪れる。その一週間前くらいからヒートと呼ばれる時期に入り、体が少しずつ作り替えられていく。用意が出来ると強いフェロモンを放出し始めるのだ。 そのフェロモンは全ての人間に効果があり、特にアルファは理性が壊されるほど強く脳を刺激される。今でこそ抑制剤などが開発され、オメガ自身でコントロール出来るようになった。しかし、それでも発情期は必ず訪れる。 アルファと番になるまでは。 「ヒートが始まる様子もないし、もしかして周期が長いのか?」 「いや、そのことなんだけど……」 「なんだ」 いつも、何も包み隠さずはっきりと話すルークが、珍しく口ごもった。怯えるように視線を泳がせる。 なんだ? 俺は何か変なことでも言っただろうか。 「隠すつもりはなかったんだ。言い出す機会もなくて」 「だから、何が」 「僕は、オメガだけど……来ないんだ。発情期が」 「……え?」 それは、想像もしていない言葉だった。 発情期が、来ない? つまり俺とルークは番になれない。 運命の番だと言われたのに。だから結婚したのに。 それさえ不可能なんだとしたら、この結婚に何の意味があるというんだ。 「アスラン、ごめん、いつか言わないとって思ってたけど……なかなか言えなかったんだ」 「……わかった。とにかく、その話は家でしよう。誰かに聞かれたくない」 「わかった」 目の前がグラグラと揺れる。それまで自分を支えていたものが一気に崩れていく気分だ。 しかし不思議と頭の中はどこか冷静だった。怒りも込み上げてこない。おかしいな。どうしてだろう。ルークはこの秘密をずっと隠していたのに。 胸の奥はひどく凪いでいた。 「話はちゃんと聞く。だから、そう泣きそうな顔をするな」 「ご、ごめん」 それはもしかしたら、ルークが捨てられて迷子になった子供のように見えたからかもしれない。それで情が湧いたのかもしれない。 なんにせよ、今やるべきことは店の片付けだ。慣れた手つきでバケツに新しい水を入れる。今にも開きそうなつぼみが小さく揺れていた。
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