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「手帳だ。誰のかは知らないが、俺の実家にあったものと聞いている」
「ふぅん」
「かなりの量があるからまだ全然読めていないが……って、あっ……!」
「あ?」
しまった。いきなりのことに驚いて、つい昔のように話してしまっていた。しかも眼鏡も外したままだし。
くそっ、それもこれも、ルーカスが好き勝手するからだ。
「も、申し訳ありません、殿下……」
「ちっ、気づいたか。もう少しいけると思ったのに」
どうせこれが魂胆だったのだろう。昔からこうだ。特にルーカスが正式に王位を継承した直後くらい。俺が現実を突きつけられ、様々なことに見切りをつけ、そして割り切ろうとした時。
最初に決めたのが、ルーカスと「適切な」距離を置くことだった。その度にルーカスは俺の隙をついて名前を呼ばせようとした。あれからもう十二年も経っているのに、まだ諦めていないのか。
「今更取り繕っても遅いぜ! ばっちり聞いたからな!」
「はぁ……何がしたいんだ、お前は」
「ふふん。まあ、暇だったからさ。散歩だよ散歩」
そうやって一人でフラフラ歩かれるとこっちが大変だから、わざわざ毎晩俺が寝かしつけていることを分かっているのか? 分かったうえでやってるのか?
「それにしても、手帳ねぇ……どんな内容なんだ?」
「取り留めもないことだよ。貧しいオメガと結婚した金持ちのアルファの話だ」
「……政略結婚か」
「おそらくな」
今でこそ法律で政略結婚は禁止されている。しかし昔は暗黙の了解として平然と行われていた。自分の家が繁栄するため、もしくはアルファと番になるために。
好きでもない相手と結婚することはよくある話だった。仮に自分の子供がオメガだった場合、運命の番であるアルファと結婚することになる。そこに愛情がなくても、そうすることが定められていた。
「とはいっても、オメガは相対的に人口が少ない。アルファと番にならなければ自身の身を危険に晒すことにもなる。生き延びるための術だったんだろう」
「運命の番……か。オレもアルファだけど、本当にあるのかな」
「さあな。俺は運命を信じない。そう言ったはずだ」
これ以上ルーカスと話していると、部屋を抜け出していることがバレてしまう。ここらが限界か。そろそろ部屋に返そう。
それに、運命の話はしたくない。考えたくもない。そんなものがあるから俺は希望を鎖されたのだから。
「もう帰って寝ろ。俺も寝るから」
「うん。おやすみ、ザック」
「おやすみ、ルーカス」
俺の部屋から、ルーカスの寝室へと繋がる秘密の通路が閉じられる。いつ作られたものかは知らないが、こんなものがあるからルーカスが好き勝手俺の部屋に入ってくるんだ。
分かっているのに封鎖しない俺も、大概どうかしている。
「……寝るか」
ぱたんと手帳を閉じる。眼鏡の隣に並べて置いて、ランタンを消そうと手を伸ばす。
薄い硝子に映るルビー色の眼が、眠たそうに瞬いた。
***
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