1

6/17

66人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
「手帳だ。誰のかは知らないが、俺の実家にあったものと聞いている」 「ふぅん」 「かなりの量があるからまだ全然読めていないが……って、あっ……!」 「あ?」 しまった。いきなりのことに驚いて、つい昔のように話してしまっていた。しかも眼鏡も外したままだし。 くそっ、それもこれも、ルーカスが好き勝手するからだ。 「も、申し訳ありません、殿下……」 「ちっ、気づいたか。もう少しいけると思ったのに」 どうせこれが魂胆だったのだろう。昔からこうだ。特にルーカスが正式に王位を継承した直後くらい。俺が現実を突きつけられ、様々なことに見切りをつけ、そして割り切ろうとした時。 最初に決めたのが、ルーカスと「適切な」距離を置くことだった。その度にルーカスは俺の隙をついて名前を呼ばせようとした。あれからもう十二年も経っているのに、まだ諦めていないのか。 「今更取り繕っても遅いぜ! ばっちり聞いたからな!」 「はぁ……何がしたいんだ、お前は」 「ふふん。まあ、暇だったからさ。散歩だよ散歩」 そうやって一人でフラフラ歩かれるとこっちが大変だから、わざわざ毎晩俺が寝かしつけていることを分かっているのか? 分かったうえでやってるのか? 「それにしても、手帳ねぇ……どんな内容なんだ?」 「取り留めもないことだよ。貧しいオメガと結婚した金持ちのアルファの話だ」 「……政略結婚か」 「おそらくな」 今でこそ法律で政略結婚は禁止されている。しかし昔は暗黙の了解として平然と行われていた。自分の家が繁栄するため、もしくはアルファと番になるために。 好きでもない相手と結婚することはよくある話だった。仮に自分の子供がオメガだった場合、運命の番であるアルファと結婚することになる。そこに愛情がなくても、そうすることが定められていた。 「とはいっても、オメガは相対的に人口が少ない。アルファと番にならなければ自身の身を危険に晒すことにもなる。生き延びるための術だったんだろう」 「運命の番……か。オレもアルファだけど、本当にあるのかな」 「さあな。俺は運命を信じない。そう言ったはずだ」 これ以上ルーカスと話していると、部屋を抜け出していることがバレてしまう。ここらが限界か。そろそろ部屋に返そう。 それに、運命の話はしたくない。考えたくもない。そんなものがあるから俺は希望を鎖されたのだから。 「もう帰って寝ろ。俺も寝るから」 「うん。おやすみ、ザック」 「おやすみ、ルーカス」 俺の部屋から、ルーカスの寝室へと繋がる秘密の通路が閉じられる。いつ作られたものかは知らないが、こんなものがあるからルーカスが好き勝手俺の部屋に入ってくるんだ。 分かっているのに封鎖しない俺も、大概どうかしている。 「……寝るか」 ぱたんと手帳を閉じる。眼鏡の隣に並べて置いて、ランタンを消そうと手を伸ばす。 薄い硝子に映るルビー色の眼が、眠たそうに瞬いた。 ***
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

66人が本棚に入れています
本棚に追加